君のことをもっと知りたい
エドの傍らまで来ると、何か言いたげにエドは目を細め、口元に笑みを浮かべた。
アンナは何も感付かないようで、
「来てくれてよかったわ。セイン。マスター、本当は毎年待っていたのよ。」
軽い口調でそう言った。
「まさか。」
セインが肩をすくめると、
「お前んとこの生徒たちはいつも来てくれるのに、肝心のお前が来ないんじゃ。俺は肩身が狭いんだよ。」
エドに意地悪そうに言われ、まあ確かにそうかもしれないなどとセインは思った。
エドのクリスマスパーティはこの町ではちょっとした恒例のイベントだ。
特に大きな娯楽施設もない地方都市のこの小さな町で、エドの店は皆が気楽に集まれるちょっとした娯楽場でもあり、情報交換の場でもある。意外と社交的で顔の広いエドのパーティには、町のいろんな人がやってくる。セインのアトリエの生徒たちも皆、パーティに出席するのだが、誘っている肝心のアトリエ主催者が来ないなんて、やっぱり変な話だ。
軽い調子の音楽が心地よく流れ、パーティ用に広くホール状に設置されたフロアで、おのおのカクテルや酒を手に、皆が楽しく歓談している。部屋の隅にはエドが腕によりをかけて作った料理の数々が並び、ビュッフェ形式で食事を楽しめるスタイルになっている。
楽しい雰囲気に気を緩めてしまいそうだが、それでもセインは用心深く、扉を閉めたままアンナたちが歓談するのを脇で聞いていた。エドが黙っていつものカクテルを作ってくれ、ミルフィーユの隣に腰をかけたセインに手渡してくれた。
ミルフィーユは広口のグラスに白い泡をつけたチェリー酒のカクテルを口に含むところだった。
「ミルフィーユはアンナと同じくらい?」
「え、何のこと?」
「年だよ。」
「ミルのほうが少し年下なのよね。」
アンナがカウンターの端から声を掛けた。隣にはアンナの恋人らしき青年がぴったりくっついている。
アンナは確か22歳。
「20歳よ。こないだ話した通り。」
「酒飲んでも大丈夫なのか。」
「まあ、子ども扱いなのね。飲酒は20歳から大丈夫でしょ。私はクリアしてるわよ。」
そう言われてセインはまじまじと彼女の顔を見た。
どうみてもローティーン。透き通る肌に大きな緑の瞳が否応なく幼さを感じさせるつくりだ。
「失礼ね。」
ミルフィーユは気を悪くしたのか、セインの視線を避けて横を向いた。
「ごめん。悪かった。」
セインは慌てて謝った。
「いいのよ。馴れてるわ。いつもそうだもの。もう少し大人に見て欲しくて今日だってこの色のドレスを選んだのに。」
ミルフィーユはそう言って、拗ねたようにドレスの裾を手で弄ぶように引っ張った。
「あの。」
怒った様子のミルフィーユを見て、セインはどう取り繕っていいのかわからず、助けを求めるようにエドを見た。
エドは笑みを浮かべその様子を楽しんでいるようにも見えたが、やれやれといった様子で肩をすくめ、こちらへ近づいてきた。
「やあ、ミルフィーユ。」
「マスター。」
ミルフィーユは硬い表情を少し崩して笑みを見せた。
「楽しんでる?今日のアミューズは海老とサフランのカクテルだよ。アボガドとモッモッツァレラのピザも腕によりをかけて作ったんだ。食べてきたら。海老もモッツァレラも大好きだろ?」
それを聞いて、ミルフィーユは気を取り直したように、
「そうですね。まだ食事前だったわ。」
エドに肘で小突かれたセインは弾かれたようにスツールを降り、ミルフィーユの手を取った。
「そうそう、まだ飯前だった。お腹すいたね。」
顔の筋肉を精一杯緩めて思いっきり愛想よく笑って彼女の様子を伺う。
ミルフィーユは仕方ないわねといったように軽く息を吐いて笑顔を作ってくれた。
取り皿に何種類かのアミューズを乗せ、サラダを盛りながら、セインは横に並んだミルフィーユに話しかけた。
「ごめんよ。幼く見えることをからかっていたわけじゃないんだ。」
「じゃあ何?」
皿に取る料理を迷うふりをしながらまだ少し怒っているミルフィーユは、セインの方を向かずに応じた。
「その。・・・知りたいんだ。君を。ここの店でピアノを弾いている君しか俺は知らない。昼間は何をしているのかとか、どんなものが好きなのかとか、どこへ行きたいのかとか、子供の頃や、家族のこととか。とにかくいろいろ。」
ミルフィーユははっとしてセインの方を見た。
「からかっているわけじゃない。俺って愛想も悪いし、エドみたいに気の効いた受け答えも出来ない。だからうまく伝わらないかもしれないけどミルフィーユのこと知りたいんだ。もっと。」
「だって、海老やアボガドが好きなんてことも知らなかったんだから。」
そうだ。エドが知ってて、何故俺が知らないんだ。
ミルフィーユの好みをエドが知っていることに理不尽な怒りをセインは抱いていた。
だが、セインはローストチキンに手を出しながら、このシチュエーションでする話じゃないよなと、この告白にも取られるだろう発言を悔やみ始めていた。そして、本当はもっと念入りに計画を立ててミルフィーユに気持ちを伝えたいと思っていたことを彼女に言おうと顔を上げたとき、ミルフィーユが目を丸くして、こちらをじっと見ていることに気がついた。
「セイン。」
呼びかける声はもう怒っていなかった。
いつものような穏やかな笑顔で、緑の瞳がこちらをじっと見つめていた。
ミルフィーユが何かを言おうと口を開いた刹那。
「ミルフィーユ。リクエスト!」
離れた席で手を振りながら、酒で顔を上気させた常連の男が声を上げた。
あ、また邪魔が入った。
セインはいい雰囲気だったのにと、口を尖らせた。
それを見て、ミルフィーユはくすりと笑い、〝後でね。〟と声を立てずにセインに目配せをした。




