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クリスマスの天使

 同じくして、ミルフィーユがこちらへやってきた。

 はにかんだように笑いながらやってくるミルフィーユを見て、セインは思った。ピエタ像のキリストを抱くマリアのようだ。いや、大げさか。

 ひとり心の中で苦笑しながら、自分がにやけた顔をしていないか気になった。

それほどミルフィーユは美しかった。

 ビリジアングリーンのベルベッドのワンピース。同色の薄いレースが襟の周りを飾っている。ローズグレイのヒールを履き、いつもより心持明るいルージュに彩られた唇がつやつやと灯りの下で輝いている。地味な色合いのドレスは彼女のまばゆいばかりの金髪をよりいっそう際立たせ輝かせる。そこだけが光の渦のようでセインは眩しさに目を細めた。

「セイン。」

 ミルフィーユは嬉しそうに目を輝かせた。

「来てくれたのね。嬉しいわ。」

 セインは頬が赤く火照るのがわかった。

 ストレートに感情を表現する彼女。自分にはない素質だ。

 嬉しいときには嬉しい顔をし、悲しいときには悲しい顔をする。人に伝えたい感情を言葉に乗せ、躊躇なく懐に入り込んでくる。その素直さ、誰に対しても好意的に接する育ちの良さ。

 たぶんそんな彼女に惹かれている。

 セインは胸が高ぶり、気持ちが高揚するのを感じた。そして扉を開いても彼女の感情の渦に巻き込まれることもない。それは何も聞かず、ただ沈黙を持って暖かく懐に抱いてくれる母の存在に近いものをセインは感じていた。

 小走りに近づいたミルフィーユが、はにかみ、ふと遠慮がちにセインのジャケットの襟に触れた。

「今日は、いえ、いつもだけど。今日は特に素敵よ。」

 いつもはデニムによれよれの白いシャツで、殆ど鋤もしない銀色の髪の毛を無造作に束ねているだけの彼とは違う装いに、ミルフィーユは目を丸くした。

「だって、いちおうパーティだから。エドにもたまにはきちんとしろって言われたし。」

 目でカウンターの中のエドを睨むと、エドはにやにやとにやけた笑顔をこちらに向けた。

「ふふふ。でも、ちょっと結び目が解けかけているわ。」

 後ろでひとつに結んだ髪の毛が解けかけていた。ミルフィーユは隅のソファに腰掛けるようにセインを促し、隣に座って髪の毛を整えようと髪に触れた。

 一瞬、身体を硬くしたセインだったが、次の瞬間安堵に変わった。

 暖かい。

 彼女の指先から光が発するのがわかる。暖かく、眩い光だ。

 その懐に飛び込みたい。

 衝動的にそう思った。

 振り返り、髪を結び終わった彼女の顔を見上げると、いつものように穏やかな笑みを浮かべ、暖かい眼差しでセイン見ていた。

 セインが口を開く刹那、ミルフィーユはカウンター脇のクリスマスツリーを指差した。

「セイン。見て。あのツリー。マスターとアンナと飾り付けしたのよ。」

 カウンターの方向を見て、セインはミルフィーユに想いを打ち明けるタイミングを失ったことを悔いた。

 まあ、いい。また後で。

 そう気を取り直し、彼女の手を引き、カウンター脇に座っているエドとアンナの側へ向かった。

 ミルフィーユは俺のことをどう思っているんだろう。

 誰に対しても好意的に接し、微笑を絶やさない彼女。その笑顔は万人に向けたものなのか。それとも個人的に好意を寄せてくれているのか。

 想いを告げようとした刹那。ミルフィーユはわかっていながらセインを避けたような気がした。

 いや、気のせいか。


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