98 満遍なく知れ渡っていたが
その日は、エウフロシネの気持ちを象徴するかのような、穏やかな晴天だった。
航海は順調で、あっという間に船は『人材育成機関』の島に着いた。
「ついた……」
エウフロシネの胸の鼓動は、少しずつ早くなっていった。
勇躍、船から飛び降りると、島の中央に鎮座する『人材育成機関』の建物に向かって駆けて行く。
「!」
一瞬、自分が駈けて行くのと、同じくらいの速度で、船に向かって駆けて行く黒い影とすれ違った。
思わず後ろを振り返る。
黒い影はエウフロシネと違い、立ち止まることなく、船に向かい、駆けて行く。
(何だろう、あれ?)
しばらく眺めていたが、エウフロシネは考え直した。
(あたしが考えたって、分かんないもんね。後で、坊っちゃんに聞いてみよう)
エウフロシネは再び軽やかな足取りで駈け出した。
◇◇◇
エウフロシネが『人材育成機関』の受付で自らの名を名乗ると、受付嬢は満面の笑みで応対してくれ、坊っちゃんのところに案内した。
「偵察局」内部では既に「坊っちゃんの小さな彼女」の噂は満遍なく知れ渡っていたが、もちろん、それはエウフロシネの知るところではない。
(にこにこして優しそうな受付嬢さんだな……)
そう思っただけであった。
「ほらっ、あそこにいますよ」
受付嬢は嬉しそうに、射撃訓練の教官を務める坊っちゃんを指差した。
◇◇◇
(あっ、いた)
エウフロシネの胸の鼓動は加速度的に早くなって行った。
射撃の訓練生は十名。
横一列に並び、前方のディスプレイに表示される敵に向けて射撃する訓練を繰り返していた。
坊っちゃんは、それを見守りながら、時々アドバイスを加える。
「ちょっと、手首に力入り過ぎです。もうちょっと力抜いて」
「もう少し、気を入れて、撃って下さい。まだ、威力は増すはずです」
訓練生は「はい」と返事しながら、自らの射撃姿勢に修正を加えて行く。
エウフロシネはその光景をうっとりとして、眺めていた。
受付嬢は、そんなエウフロシネをまなじりを下げて、見ていた。
少し、よだれが垂れていたかもしれない。




