9 悪趣味だぜ
(狂信的暗殺者?!)
(くそぉ。自分より「強い」者には恐怖心を持たなかったこの俺がこいつらには……)
次の瞬間、襲撃者の短刀の刃先が僅かに旦那さんの左脇腹をかすめた。
じわりと血が滲む。
(これはこっちも命を捨てて掛からなきゃってことだな)
一瞬、ラティーファの言葉が頭をよぎった。
「帰って来なさいっ! 絶対にっ! ここにっ! 帰って来なさいっ! 反論は許しませんっ!」
(ごめん。約束は守れないかもしれない……)
次の襲撃は始まっていた。
◇◇◇
「おう、かかってこいやぁ」
旦那さんは攻撃から身をかわそうとせず、抜刀し、鈍く光るレーザーセーバーを振り回した。
身をかわそうとしなかったため、左脇腹の傷は更に深く抉られ、夥しく出血した。
更に襲撃者たちは、レーザーに触れ、おのが体液が振動、沸騰しても襲撃を止めようとしないため、旦那さんは数多くの切り傷を負った。そこからも血が滲んだ。
旦那さんの捨て身の反撃に、多くの襲撃者はレーザーセイバーの前に倒れて行った。
だが、旦那さんの周囲の赤みを帯びた眼の数は減ったようには感じられなかった。
(ハサンの奴、一体何頭の狂犬を飼ってやがるんだ)
(だが、こうなりゃヤケだ。何が何でも一緒にハリルの待つ地獄に行ってもらう)
更に、次の襲撃が始まらんとしていた。
◇◇◇
耳元を銃弾が通過した。
その音に体が反射的に対応し、回避した。
そのことで目を覚ました。
(…… どうやら眠ってしまっていたらしいな)
最後の襲撃者、狂信的暗殺者を倒した後、いったん、緊急救護キットを取り出し、応急処置を開始した。
それが一段落したところで眠ってしまったらしい。
旦那さんは辺りの気配を伺った。
(いる)
(3~4個分隊と言ったところか。だが、先程の狂信的暗殺者のような禍々しい気配は感じられない。恐らくハサンの正規の親衛隊だろう)
(助かる)
(正直もうあんな連中と戦闘したくない。正規兵ならちょいと倒して…… おっ?)
立ち上がろうとした旦那さんだが、左足の踏ん張りが効かず、倒れそうになった。改めて確認すると左脇腹の出血は止まっていない。
そんなところにも銃弾は情け容赦なく飛んできた。いつものような回避行動の取れない旦那さんの腕や足を銃弾は抉って言った。
(やるしかねぇな。こいつでどこまで銃弾を蒸発させられるかだが、やってみるしかない)
旦那さんは抜刀すると、レーザーセイバーを旋回させつつ、敵のいる方へ進んでいった。
◇◇◇
(全くこんなことで火薬が役立つとは思わなかった)
ふらふらになりながらも、何とかハサンの親衛隊は壊滅させた。
しかし、もともとそんなに量がある訳ではない緊急救護キットは使い切ってしまった。
だが、左脇腹の出血は止まらなかった。他も出血しているところがある。
(火薬だけは沢山貰ってきたもんなぁ)
正直、TNT火薬だけでハサンの要塞を破壊できるとは思っていなかった。継続した破壊工作のために貰ってきたのだが。
(止血に使うとは思わなかったよ。ぐっ)
傷口に火薬を入れ、火をつけることによる止血。焼灼止血法。相当無茶な止血である。
もう少しで止血が終わる。そんな時、レーザーセイバーの気配がした。
すんでのところで、旦那さんは抜刀し、斬撃を防いだ。
後ろから低い声が響いた。
「よくぞやってくれたな。もうこの要塞に残っているのは儂一人だ」
「あんたがハサンか。会うのは初めてだな」
「ふん。儂のただ一人の家族である弟を殺し、儂の要塞を丸焼けにし、秘密兵器の今回初実戦の『洗脳部隊』を壊し、最後の親衛隊まで潰してくれた」
「俺、そんなにやったんだ。我ながらよくやったな。でも、『洗脳部隊』ってのは悪趣味だぜ」
「まだ、減らず口が叩けるか。まあいい。儂が生き残っておれば、いつでも元に戻せるからな」
「そうはして欲しくないんだが」
「ふんっ」
ハサンは大きく振りかぶり、旦那さんに斬撃を加えた。
旦那さんは辛うじて受け止めたが、大きく後ろに下がり、転びそうになったところを何とか踏みとどまった。
「最後に一つだけ教えておいてやろう」
ハサンはレーザーセイバーを構え直しながら、話した。
「弟、ハリルの持っていたセイバーは19年前に銀河同盟軍の将校が慌てて逃げた時、置いて行ったものだ。だが、儂のは……」
ハサンはまた大きく振りかぶった。
「最近、武器商人から買った最新型だ。性能で、貴様の、偵察局員のものに負けることはない」
(こいつも「偵察局員」呼ばわりか、それにしても、確かに、こいつらの物資は豊富なようには見えない。だが、「洗脳部隊」だの、最新の武器だの、変なところに金かけて、どうなってやがんだ)
旦那さんは又もやっとの思いで受け止め、後ろに転びそうになりながら、踏みとどまった。
「ふっ、ギリギリだな。もう、話すこともないっ。死ねっ!」
ハサンはみたび大きく振りかぶり、斬撃を加えた。そのレーザーセイバーは蛍光灯のように輝いている。
三度目も受け止めた。しかし、旦那さんが完全に立ち上がる前に四撃目が襲った。
受け止めはしたが、旦那さんは無様に尻もちをついた。レーザーセイバーは何とか右手に保持しているが、地面についてしまっている。
「これで終わりだっ!」
ハサンの叫びと共に、五撃目が旦那さんの頭上を襲った。
旦那さんの意識は既に朦朧としていた。そして、複雑に様々な想いが胸中に行きかっていた。
(負ける訳にはいかない)
(約束を守らなければいけない。生きて帰らないといけない)
(だが、ハサンは強い。ハリルよりずっと強い。今までの誰より強い)
(俺は今、その強い奴と戦っているっ!)
最後の闘争本能に従い、レーザーセイバーを右から左へ薙ぎ払った。そして、自然に声が出た。
「チャージオンッ!」
「ぬお」
旦那さんのレーザーセイバーは眩いばかりの閃光を発した。
ハリルはまだ自らの体液の水分子の振動を感じながら、倒されていった。
だが、ハサンはそんな感慨を得る暇も与えられなかった。
旦那さんのレーザーセイバーから巨大な光の柱が上空に立ち上った。
それはかなり遠くまで見えた。
◇◇◇
坊っちゃんは応接の椅子に静かに腰掛け、目を閉じ、何かを感じようとしていた。
そして淡々と言った。
「…… 旦那さんが勝った。ハサンは死んだよ。長老、全拠点と敵にも聞こえるよう通信して、『要塞が陥落して、ハサンは死んだ』と」
第12拠点からは大歓声が上がり、長老はよく響く声で通信を行った。
「第12拠点の虚報だ」
ハサンの軍は第一報では一様に同じ反応を示した。
だが、続々と入る新情報に動揺を隠せなくなっていった。
巨大な光の柱の目撃情報は半数以上の拠点から発信された。
更に、ハサンの要塞から遠くない第2、第4の拠点からは要塞の炎上と奴隷の大量脱走が発信された。
「ハサン様が心配だ。我が隊は要塞に向かう。他の部隊は第12拠点の包囲を続けてくれ」
一部隊長の一方的な宣言が発端だった。
「待て。第12拠点からの転進命令は出ていない。勝手なことをするな」
別の部隊長が異議を申し立てる。
「お前はハサン様でもハリル様でもない。私に対する指揮命令権はない。我が隊は要塞に向かう」
「それならば、補給拠点としての第3、第5拠点の保持も重要だ。我が隊は両拠点に向かう」
「まっ、待て」口火を切った部隊長は慌てた。要塞救援は名目で補給物資の確保が真の狙いだったからである。
「包囲を続ける部隊も必要だ。お前たちは残ってくれ」
「お前に指揮命令権は無い」
言い争いをしているうちに、別の部隊が、転進を開始した。
「あ、貴様。何を勝手に」
転進を開始した部隊は通信に返信しなかった。
「汚いぞ。補給物資が不安なのはどこも同じだ。我が隊も転進する」
「補給物資が欲しいなら、第12拠点を攻め落とせばいいだろう。あそこにはPPがある」
「馬鹿言え。あんな何をしでかすかわからない機械オタクのじじいの所になんか行けるかっ。お前が攻め落とせばいいだろうが」
「ふざけるな。俺はもともと、この戦役には反対だったんだ。ハリル様の命令で仕方なくやったまでだ」
それから先は会話が成立しなかった。
各部隊は先を争うように補給拠点に向かい、遂には同士討ちが開始された。
◇◇◇
翌朝、陽がすっかり上空に昇った頃、第12拠点の周囲に敵影は全く見られなくなった。
そんな中、第12拠点中に、坊っちゃんの声が響き渡った。
「みなさん。お疲れのところですが、大事なお話があります。集まって貰えますか」
人々がわらわらと集まってくると、坊っちゃんはその前に立ち、ぺこりと頭を下げた。
「みなさん、短い間ですけど、本当にお世話になりました。僕はここを出ていかなくてはいけないんです」
人々の間にざわめきが広がる。
「ハサンが強かったので、旦那さんはチャージオンしました。超心理学技術の能力を最大限に発揮し、レーザーセイバーでハサンを倒しました」
人々のざわめきは続く。
「だけど、旦那さんのチャージオンには重大な副作用があります。強大な攻撃力を得る代償に記憶を失ってしまうんです」
一瞬にして、人々のざわめきは止まった。
「今頃、旦那さんは記憶を失って彷徨っています。僕はそれを迎えに行かなければならないんです。そして、ついて行かなければならないんです。これは僕しか出来ないんです」
沈黙が続いた。それを破ったのは長老だった。
「待ってくれ。坊っちゃん。そちらの事情もわかる。だけど、ハサンハリル兄弟は確かに死んだが、残党はまだいる。旦那さんに加えて、坊っちゃんにまで出て行かれたら、この拠点をどうやって守っていけばいいんだ」
「長老」
窘める声を出したのは、ラティーファの護衛を務める二人の若者、アメルとムラトだった。
「旦那さんと坊っちゃんの二人は命懸けで戦って、ハサンハリル兄弟を倒してくれました。もう十分じゃないですか? いつまでも二人を頼りにしないで、自分たちの力で拠点を守るようにしましょうよ」
アメルがそう言うと、ムラトも銃を持って、笑顔を見せた。
「これでも俺たち、坊っちゃんに教わって、射撃結構うまくなったんですよ。坊っちゃん程じゃないけど、ドローンも何機も撃ち落としたし」
見ると坊っちゃんは頷きながら笑顔を見せている。
長老は小さくため息をついた。
(若い奴らがここまで言ってくれるとは。これは私も安心して隠居出来る時期が来てるのかもしれんな)
そして、笑顔を見せて、こう続けた。
「わかった。ここは笑顔と拍手で坊っちゃんを見送ろう」
万雷の拍手の下、笑顔で坊っちゃんは拠点の外へと出て行った。
チャージオン 第一章 完




