86 その間 わずか七秒
「今回はと言うか、今回もと言うか、また、えらい騒動だったねぇ~。シナン君は大変だったけど、まあ命に別状はなさそうだし……」
「アクア3」の建物の中の一室、シラネが呆れるように言う。
「ふっ、ふ~ん。見て見て~。おニューだよ~」
隣では、シナンが新しい左腕の義手、レーザーガンを見せびらかせている。
「今度はね~。いちいちツマミで出力調整しなくてもいいんだ~。最新の超心理学技術使ってるから~。念ずるだけで強弱調整出来るんだよ~ん」
「はああ」
ラティーファは溜息をついた。
(この底抜けの明るさ。見習うべきなんだろうけど。どうにもついて行けない一面が)
「ラティーファちゃん。何、溜息なんかついてるのさ。元気出して、僕と結婚してっ!」
「はあ?」
さすがにラティーファは絶句したが、おずおずと旦那さんが口を開く。
「あ、あの、君。シナン君だったか。ラティーファなんだけど、実はこないだ俺と……」
(げっ、旦那さん、ここでキス、口に出す気か?)
あわてたラティーファは口より先に体が動いた。
右腕を大きく振り、旦那さんの喉元を直撃。
旦那さんは声もなく倒れた。
ウエスタンラリアットである。
ラティーファは右手で旦那さんの襟元を引っ張ると、ずるずる引きずりながら別室に去った。
その間、わずか七秒。
「ぷぷぷ。何かあったんだよね」
シラネは笑いをこらえていた。
◇◇◇
「ところで……」
シラネは真剣な表情に戻った。
「エウフロシネちゃんだっけ?短い期間だったようだけど、強力なヴァーチャルリアリティマシンにかけられてたんだよね。その…… 悪影響は残っているという心配はないかな?」
シラネの懸念に、エウフェミアは微笑みながらエウフロシネを促す。
「エウフロシネちゃん。シラネさんにあれを見せてあげて」
エウフロシネは頷くと、シラネに歩み寄り、両手のひらを開いて見せる。
「これは……」
シラネは息を飲んだ。
エウフロシネの両手のひらは、10歳の少女のそれとは思えない程、数えきれない数の傷跡が残っていた。
「どうしたの? これは?」
シラネの問いにエウフロシネは淡々と答える。
「実は…… 無理矢理ヴァーチャルリアリティマシンにかけられて、何度も気持ちを持って行かれそうになりました。その時は、これを握りしめて耐えたんです」
エウフロシネがシラネに示したのは、十本ほどの肉食魚の歯だった。
シラネは落涙した。
「畜生。なんていい子達なんだ。よーしっ、今の今から、君たち姉妹、まとめてあたしの妹だ。ラティーファちゃんのように困ったら、いつでも連絡してこいっ!」
「はい。お姉さんっ」
エウフェミア・エウフロシネ姉妹はハモって返事した。
「うんうん」
シラネは頷くと共に、あることを思いついた。




