55 かなり口が悪いけどね
「よっしゃあっ、こっちのターンだっ」
シナンは前に躍り出ると、射撃して来る男たちを遮蔽物たる車ごと撃った。
車は次々炎上し、ビルから出て来た男たちは全滅した。
「よーし、ビルの中に入るよ。慎重にね」
シナンの言葉に、ラティーファは、
(慎重な人は、鉄扉をレーザーガンでぶち破ったりしないと思うけどね)
と思ったが、黙って頷いた。
◇◇◇
ビルの一階には、たくさんの個室が設置されていた。
個室内で一人ごとにヴァーチャルリアリティが体験出来るシステムになっているらしい。
シナンは持参の拡声器を使って、怒鳴った。
「ヴァーチャルリアリティを体験中のみなさん、このヴァーチャルリアリティシステムは違法で-す。すぐに警察が立ち入って来るんで、やばいと思った人は、車を置いたまま、とっとと逃げちゃって下さーい」
その声を聞くや否や、出るわ出るわ、数多くの男女学生たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
ついでに従業員も逃げて行った。
「逃がしちゃっていいの? いろいろ事情聴取する必要があるんじゃない?」
ラティーファの問いに、シナンは答える。
「その辺が、世間知らずなんだろうけど、逃げたって、ここの名簿や何より車を置きっぱなしでいけば、後で身元はすぐ割れるよね。まだ、奥に敵はいるだろうから、邪魔にならないよう、逃げて貰った方がいいよ」
「えっ? まだ、敵はいるの?」
「ラティーファちゃん、レーザーセイバー見て」
見ると、レーザーセイバーは鈍く光っている。
「うん」
ラティーファは大きく頷いた。
◇◇◇
それから、シナンとラティーファは、会計と個室を一つ一つ確認していった。
残敵の確認のためである。また、逃げ遅れた学生を逃がす目的もあった。
会計も個室も、見事なくらい人はいなかった。
だが、一つだけ、施錠されたままの扉が見つかった。
それを見た、シナンとラティーファは、頷き合った。
シナンは、ゆっくりレーザーガンを構える。
「待って!」
ラティーファはシナンを制止する。
「部屋の中から、声が聞こえる…… 泣き声だ」
◇◇◇
ラティーファは扉の正面に立たないよう、気を付けながら、左手で扉をノックする。
「駄目っ! 入って来ないでっ!」
中から返って来た声の主は……
「エウフェミアちゃんっ!」
ラティーファは思わず声を上げた。
「その声は、ラティーファさん?うっうそっ、シナン君の他に、ラティーファさんまでいるの? お願い、あたしのことは放っといて」
シナンは諭す。
「いや、それは駄目だよ。ここは危険過ぎる。他の学生たちにも逃げて貰った。一刻も早くここから逃げてっ」
「いいからっ! あたしのことは、放っといてっ! あたしなんか死んだ方がいいんだっ!」
「駄目。駄目だよ。死ぬなんて言っちゃ。エウフェミアちゃんが死んだら、みんな、どんなに悲しむと思う?ネックレスを交換した妹さん、お父さん、『アクア3』の人たち、それに、あたしだって悲しいよ」
ラティーファも涙声になってきている。
「それでも、駄目なの。あたしは。弱くて、こんなことしてちゃ駄目って、わかっているのに、ヴァーチャルリアリティに手を出しちゃった。二人のように強くないの」
エウフェミアは完全に涙声だ。
「あたしだって、あたしだって、弱いんだよっ!」
「そんな、あたしから見れば、ラティーファさんは強くて……」
「弱いよ。いつだったか、エウフェミアちゃんに、この『お守り』のことを聞かれた時に、あたしは、答えられなかった」
「……」
「この『お守り』からみの人のことになると、あたしは感情的になって、どうにもならなくなっちゃうんだ。でもね……」
「……」
「あたしには、シラネさんという、まるで、本当のお姉さんのような友達がいて、全部、受け止めてくれるんだ。だから、あたしは何とかなっている」
「……」
「あたしはね、エウフェミアちゃんから見て、あたしにとってのシラネさんみたいになりたいんだ。あたしじゃ駄目かな?」
「あっ……」
「うん?」
「有難う。ラティーファさん」
「うん」
「あ、あたし。もう少し頑張って……みる」
「うん。あたしだって、もう少し、もう少しって、言って、やっとやってるんだよ」
「それと……」
「うん」
「あたしも、そのシラネさんって人と会ってみたい……」
「うん。今度、一緒に会おう。ちょっと、いやいや、かなり口が悪いけどね」
ラティーファはビルに入って、はじめて笑った。




