54 サイボーグはびっくり人間ではないんですわ
「ひょえ~っ」
アナベルが連れ込まれた古いビルの前にぎっしりと駐車されている高級車を見て、シナンは感嘆の声を上げた。
「つくづく、うちの学校は、いいとこの息子さん娘さんが集まっているんだね~。いかに自分が『庶民』であるか、痛感させられるよ」
「だけど……」
ラティーファは真剣な表情になった。
「ここまで『洗脳機関』が食い込んでいるって、学校当局も気付かないの?」
「うちの学校は、放任主義だからね。僕たちみたいに、成績下がったら、留学取り消しみたいのがないと、学校来なくなるのもいるよ。で、学校は、そういう人の面倒見る気はないし。さて、ラティーファちゃん、バイク降りて」
「うっ、うん。どうするの?」
「ちょっと、一人でバイクで駐車場走ってみる。これだけお客さんの高級車が停まってれば、射撃はして来ないとは思うけど、念のためね」
「うっ、うん。気を付けて」
シナンは最初は飛ばして、二周目はゆっくり駐車してある車の間をすり抜けて走行した。
ビルからは何の反応もない。
「よしっ。車の陰に隠れながら、近づこう。と、その前に」
シナンは左腕の義手を外した。精巧に出来ていて、見た目は普通の腕と殆ど変わらない。
「ぐっ」
やはり、義手の付け替えには、多少の苦痛を伴うものらしい。
シナンは苦痛に耐えながら、左腕をレーザーガンに付け替えた。
「大丈夫? 痛そうだよ」
ラティーファの問いに、シナンは答える。
「大丈夫。どうしても神経接続の付け替えだから、痛みはあるんだ。さあ、ラティーファちゃんも」
「うん」
ラティーファはレーザーセイバーを抜刀した。
それは鈍く光った。
「そこそこの敵がいるってことだね」
シナンは珍しく真剣な表情になった。
◇◇◇
シナンとラティーファは、駐車された車両を盾にしながら、ビルの出入り口に接近した。
窓はいずれも強固な鉄格子が施されていており、侵入は困難な様子だ。
敵からの射撃もなく、程なく出入り口にたどり着いた。
だが……
肝心の出入り口は頑丈な鉄扉だった。もちろん、施錠されていて開かない。
「成程ね。この鉄扉に絶対の自信を持っているから、攻撃をして来ないって訳か」
シナンは嘆息した。
「シナン君。針金でカギを開けるか、左腕のレーザーガンをカギに変えられないの?」
「愛しのラティーファちゃんのたってのお願いだけど、『サイボーグ』は『びっくり人間』ではないんですわ」
「裏口とか探してみる?」
「うーん。望み薄だけど、探してみるか」
やはりというか、探しても強固な鉄格子が施されている窓ばかりであった。
かつて、裏口があったのではないかと思われる場所には、ご丁寧にもモルタルで徹底的に固めてあった。
「このままでは埒が明かない。やむを得ないか」
シナンは決意を固めた。
◇◇◇
「これくらいかな? いや、もうちょっとか?」
シナンはレーザーガンの出力調整を始めた。
「ちょっとっ! シナン君、何をする気?」
ラティーファはあわてる。
「あの鉄扉をぶち抜く」
「ちょっと待って、中にはアナベルさんがいるんだよ。それに、こんな市街地で、レーザーガン撃ったら、警察に通報されるよ」
「僕たちは万一に備えて、発信機を持って来てない。他の人が警察に通報してくれたら、むしろ、有難いよ。そして、アナベルさんは……」
シナンは、レーザーガンを水平に構える。
「きっと、強運だから、大丈夫」
ドンッ
発射された光球は、鉄扉を直撃した。
だが、驚いたことに、鉄扉は大きく凹んだものの、破壊はされなかった。
「こいつぁ、やりがいが出て来たぜ」
ドンッ ドンッ
シナンは続けざまに、二発連射する。
さすがに、鉄扉には、大きな穴が開いた。
近隣住民は、何事かと騒ぎ出す。
そして、ビルの中からは、大きな怒鳴り声がする。
「てめぇ、何てことしやがるっ!」
銃剣をもった男が何人か、その姿を現す。
「さぁ、開戦だっ。ラティーファちゃん、警察が来るまで、頑張ろうっ」
シナンの声に、ラティーファは大きく頷いた。
◇◇◇
シナンとラティーファは駐車場の車両の陰に隠れた。
激怒したビルの中から出て来た男たちは、お客の車に当たるのも厭わず、シナンとラティーファを狙って射撃する。
「これだよ。結局、お客のことを大事にする気なんかないんだ。ところで、ラティーファちゃん」
「何?」
「車に隠れながらでいいんで、弾丸が飛んで来る方向に向かって、レーザーセイバーを振ってくれないかな」
「こう?」
ラティーファのレーザーセイバーの振り方は、旦那さんやシラネのそれに比べると、格段にぎこちない。
しかし、兵器として、通常の銃より、遥かに優秀なレーザーセイバーは、飛んで来る弾丸を次々蒸発させて行く。
「うん。いいねぇ。怖いだろうけど、少しずつ前に出てくれるかな?」
「うん」
ラティーファは、シナンの指示どおり、少しずつ前に出、ついには殆どの弾丸を蒸発させるに至った。




