53 本当、ブレないねぇ~ 大したもんだぁ~
「舐めて貰っちゃ困るな。こっちだって、人間の心理で商売してんだよ。本当にあんたが言う程、悩んでいる人間はなっ、もうちょっと眼光が死んでるんだよっ! あんたみたいなギラギラした眼はしてねえんだよっ!」
「……」
(しまった。そんなところまで見てるとは。失敗ったぁ)
「おいっ、俺がこの女を銃で黙らせてる間に、体とバッグを探れっ。発信機や武器が見つかったら、取り上げろっ」
「はい」
左側の隣席にいた女は事務的なトーンで答えると、バッグから先に探り出した。
「そんなこと言って、怖いです。わたくし、そんな物騒なものは何も持っていませんよ」
アナベルはなおも粘ったが、左側の女は冷たく言い放った。
「もう、演技は止めて結構です。いいですか? 本物のお嬢様は、こんな安い化粧品は使いません。お気の毒に。安月給なのに、こんな命懸けの仕事やらされて……」
アナベルは真っ赤になった。そういったところは、まだ19歳の少女である。
「わっはっはっ。もう演技しなくていいってよ」
右側の男は爆笑している。
アナベルは悔しさで拳を握りしめた。
◇◇◇
「驚いた。本当に武器は持っていませんでしたね」
左側の女は感心したように言う。
「だから、何度も言ってるでしょう。そのような物騒なものは何も持っていないと」
反論するアナベルに対し、左側の女は不意にアナベルの左腕を引っ張り上げた。
「勘違いしないで下さい。私は『武器』は持っていないと言ったのですよ」
「!」
「これ。腕時計に見せかけてるけど、『発信機』ですね。取り上げてポイッと」
窓から投棄された発信機は、ガチャと音をたてて、地面に激突し、それから、2回バウンドして静止した。
「!」
「はははっ、これで、あんたの『切り札』もなくなったなっ! どこの諜報員か、アジトでじっくり聞かせて貰うとしよう」
右側の男の高笑いを聞きながら、アナベルはあえて下を向いた。
(ここまでは想定内です。後はあたしの本当の『切り札』に期待するまでです)
◇◇◇
本当の『切り札』。シナンとラティーファはオートバイに二人乗りし、アナベルの乗った車両を追跡していた。
追跡用車両は、四輪より二輪の方が目立たなくて、隠しやすいと判断からである。
「ねっ、ねぇ」
「ん~? 何?」
ラティーファの問いかけは、風の音に遮られ、シナンには届きにくい。
「シナン君。いつ、運転免許とったのぉ~?」
「ん~、めんきょ~?」
風の音ばかりでなく、すれ違う車両の走行音も、スム-ズな会話を阻む。
「とってないよ~」
「!」
(やっぱり!シナンにはこれくらいのオチがあると思った)
「僕は勉強とナンパで忙しいんだよ~。取りに行ってる間がある訳ないじゃん。ラティーファちゃんが取りに行けば良かったのに~」
「あたしは、『勉強』だけで、忙しいんですぅ~。それより、あんた、無免許っ?」
「『地球』のクラシックソングでは、15歳で盗んだバイクで走った奴もいるんだよ~。その点、僕は20歳で、ちゃんと『星間警察』から借りたバイクだよ~」
「そーゆー話をしてんじゃないっ! 運転技術は大丈夫なのか聞いてんの~」
「だいじょうぶっ。だいじょうぶ~。ヴァーチャルリアリティのレーシングゲームで鍛えてるから~」
「ぶっ!」
さすがに、ラティーファは絶句した。
「ここで、ヴァーチャルリアリティって、あんた、本気で大丈夫~?」
「はぁっ、はっ、はっ」
シナンは豪快に笑った。
「ラティーファちゃ~ん。本気で心配してくれてるんだね~。有難う。でもね~。僕みたいな学費とデート代でカツカツの貧乏学生が、最新式のAI対応のヴァーチャルリアリティのゲーム機買える訳ないじゃんっ~。中古よ。中古~」
「はぁ~っ」
ラティーファは深い溜息をついた。
「シナンって、本当、ブレないねぇ~。大したもんだぁ~」
「そんなに褒めないでよ~。ラティーファちゃ~ん。結婚してくれる気になった~?」
「お断りしまっす~。ただ、ブレないキャラには感心してます~」
「ありがとっ~! 結婚しよ~」
「しない~」




