51 今のをどう返せと
「これを見て」
シナンは一枚のチラシをラティーファに見せた。
それにはこう書かれていた。
「がんばって、うまくいかなくて、心身ともおつかれのあなた、最新式のAI対応のヴァーチャルリアリティでリフレッシュしてみませんか?」
ラティーファの顔色も変わった。
「これは……」
シナンは黙って頷いた。
「こんなチラシが学内で堂々と配られてるの?」
ラティーファの疑問に、シナンは答える。
「いや、堂々ではないけどね。その証拠に、ラティーファは、知らなかったろう」
ラティーファは頷く。
「うん。知らなかった。シナン君は、どうやって手に入れたの?」
シナンは真剣な表情のまま、続ける。
「うん。大人しい感じの女の子がいたので、ナンパして、飲み屋で一緒に飲んでて、彼女がトイレに行ってる間にバッグから抜き取った」
ラティーファは絶句した。
(参 今のをどう返せと。今までのシリアスな雰囲気は何だったんだ?)
シナンは構わず続ける。
「どうも、悩んでる感じの真面目な人を、個々に狙っているみたいだ。で、僕やラティーファちゃんには、気付かせないようにする。『洗脳機関』も馬鹿じゃない」
「…… だけど、舐められたもんね。あたしらのいる学校で、こんな真似を」
「いいとこの子弟が多いからね。大学は。金も取れると踏んでるんでしょ」
ラティーファの脳裏をあることがよぎった。
「そう言えば、エウフェミアちゃんは大丈夫? あの娘も、真面目過ぎる程真面目だから」
シナンは目を閉じ、頭を少し前に下げて、額に右手の指をつけた。
「この間、声をかけてみたけど、思い詰めている風だった」
ラティーファは立ち上がった。
「シナン君。すぐ、シラネさんに秘密通信を繋いで。あたしの大事な親友が悪党に食い物にされる前に叩き潰さないと」
シナンは黙って頷いた。
◇◇◇
シラネは相変わらず多忙の身だったが、ラティーファからと言われるとすぐ駆け付けた。
ラティーファから大学内部に「洗脳機関」が入り込んでいると聞くと、さすがに驚愕の様子を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「お金持ちの子が多いからね。それに大学は。世間知らずばっかだし、狙われる要素はあるね」
「何とかなりませんか?」
ラティーファの問いに、シラネはしばらく黙考してから答えた。
「あたしが行ければ、話が早いんだけど、何しろ、こっちは辺境だからね。行くにも時間がかかる。旦那さんと坊っちゃんは、やっぱり『洗脳機関』の調査で、他の惑星に潜入中って言ってたしなぁ。でも、ラティーファちゃん、早く決着つけたいでしょう?」
「それは、本当にそう思います」
ラティーファは力を込めて、答えた。
「あっ、そうだ。シナン君のレーザーガン、出力調整できたっけ?」
シラネの質問に、シナンは胸を張って、答える。
「もちろんです。最新式ですよ」
「ふーん。それなら『市街戦』でも対応できるか。後はあんまり当てにも出来ないけど、ミッドラントCEOを通じて、星間警察にも人を出して貰うように頼んでみるよ」
「助かります。チラシには、相手方の連絡先しか書いてない。僕がアポ取ろうとしても、とぼけられる可能性が高い。面が割れてない星間警察の人が連絡してくれると助かる」
「あの、あたしも行きます」
ラティーファは決意を込めた表情で言った。
「えっ? ラティーファちゃん、それは危ないよ」
危ぶむシラネに、ラティーファはキッパリと言う。
「いえ、行きたいんです。あたしはあいつらに殺されそうになったこともある。それに……」
シラネはニヤリと笑った。
「旦那さんが戦っている敵でもあるしな。少しでも追いつきたいか?」
ラティーファは真っ赤になって、反論した。
「そういうことじゃありませんっ! あたしだって、レーザーセイバーを持ってるんですっ!」
シラネはなおも笑いながら続けた。
「分かった。そういうことにしておくよ。でも、くれぐれも無理は禁物。やばくなったら、逃げるんだよ」
「はい……」
ラティーファは頷いた。
◇◇◇
相手方への連絡は、おとなしめの女子学生に偽装した星間警察職員が行った。
相手方の返事は、
「あいにく、予約がいっぱいで、一週間後、もう一度、連絡を下さい。キャンセルが出たら、こちらから連絡しますので、そちら様の連絡先を教えて下さい」だった。
星間警察職員は偽名と個人的な連絡先を告げて、いったん通信を打ち切った。
「どう思います?」
星間警察職員の問いに、シナンは即答した。
「恐らく、警戒してるんでしょうね。さっき言った名前が、向こうの標的リストにいるか検索して、なければ、そういった学生が本当にいるか調査するんでしょう。そのための一週間」
「となると、そういった学生が本当にいるか怪しいとなると」
「何回連絡しても『予約』はいっぱいでしょうね」
シナンは溜息をついた。
「ねぇ。あたしたちの他に『ビル・エル・ハルマート』から留学している子に頼んでみる?」
ラティーファの提案には、
「『ビル・エル・ハルマート』出身者はマークされている可能性が大きいね。何しろ、こないだの内乱の後、第10拠点を調査したら、何が出て来たか知っているだろうと相手も推測するだろうし」
シナンは懸念を示した。




