50 お主も悪よのぉ
「敵襲があったら、逃げて下さい」
「!」
旦那さんの言葉に、ティモンは絶句する。
「いつでも島を脱出できるように、島民全員が乗れる船の数を用意しといて下さい」
「……」
「後は俺と坊っちゃんで応戦します。破壊活動もするでしょうから、持てるだけの財産も持って……」
旦那さんが言い終わる前に、ティモンは右手で制した。
「旦那さん」
「……」
「海の男を舐めんでくだせぇ」
「!」
「貴方がたは、いよいよ食うに困るかってぇとこまで、追い詰められていた私らに肉食魚漁って、希望をくれた。その恩は忘れちゃいねぇ」
「……」
「相手方が、貴方がたの言う通り、やべえ奴らなら、成程、女子供は逃がしやしょう。だが、私らはっ」
「!」
「銃剣持って、一緒に戦わせて貰いやす」
「……」
「なぁ、おめぇらっ、どうせ、後ろで聞いてやがんだろっ。出て来やがれっ!」
その声と共に、大人数の荒くれ海の男たちがわらわら出て来た。
「何だよ。島長。気付いてたんかよ」
愚痴る荒くれ海の男に、ティモンは一喝する。
「おめぇらに『こっそり』なんて芸当が出来る訳ねぇだろっ」
「うーっ、血が騒ぐっ。なぁ、旦那さんっ。敵はいつ来るんだ?」
荒っぽい質問に、旦那さんも盛り上がってくる。
「そりゃあ、早ければ今夜でも」
「おーっ、そりゃいいぶちのめしてやるぜ」
ズガーンズガーン
一人の興奮した荒くれ海の男が中空に発砲する。
「馬鹿野郎。屋根に穴が開くだろう。それに弾丸がもったいねぇ」
ティモンは一喝するが、荒くれ海の男はめげない。
「屋根ぐれえ何だ。この何倍も敵に穴開けてやんよ」
周囲は大爆笑になった。気付けば旦那さんも一緒になって、大笑いしている。
強い者と戦いたい。そういった気持ちが根底のところで、繋がっているのかもしれない。
坊っちゃんは思った。
(はぁ~。何なんだろう? この陽気さ。「ビル・エル・ハルマート」の時は、みんな、凄い緊張していたのに。所が変われば、こんなに人も変わるのかな?)
◇◇◇
その日は雨だった。
悪天候は、エウフェミアの憂鬱さに拍車をかけたようだった。
「あ」
エウフェミアは気付いた。
(シナンさんだ。珍しい。一人でいる)
見るとシナンはゆっくりとキャンパスに向けて、歩いて行く。
(周りに他の人もいないし、声をかけてみようかな? 悪い人じゃなさそうだし、少しはあたしの憂鬱も晴れるかも)
そんなエウフェミアの思いをよそに、シナンは急に駆け出した。
「ラティーファちゃ~んっ」
「!」
エウフェミアの目の前で、シナンはラティーファに向けて、突進した。
「ねぇねぇ。これからお茶しない~」
「あんたはもう~っ、見境というものがないのっ? こっちは暇じゃないのっ!」
だが、ラティーファもシナンが彼女を両腕で囲うことを装い、右手のひらを見せつけていることに、すぐ気付いた。
そこには短い文章が書かれていた。
「『洗脳機関』の者に監視されている。調子を合わせて」と。
ラティーファは大きく溜息をついてみせ、それから、答えた。
「もうっ、しょうがないなぁ~。あんたとは同郷だし、ちょっとだけ付き合ってあげるよ」
シナンは小躍りした。
「そーお、こなくっちゃあ」
エウフェミアは、連れだって歩く二人を茫然と眺めていた。
やがて、エウフェミアは、バッグからくしゃくしゃになった一枚のチラシを取り出した。
それにはこう記されていた。
「がんばって、うまくいかなくて、心身ともおつかれのあなた、最新式のAI対応のヴァーチャルリアリティでリフレッシュしてみませんか?」
◇◇◇
「で、男子寮のあんたの部屋で密会って訳?」
ラティーファは、呆れたように言う。
シナンは笑顔のまま返す。
「仕方ないじゃん。女子寮は男子禁制だから、僕は入れないしさ。本当に飲み屋やカフェで話してたら、みんな聞かれちゃうしね」
「それもこれもあんたが有名人だからでしょ。何なのナンパ師のくせに、成績だけは学内トップって」
「何をおっしゃいます。砂漠の王女様には、かないませんよ。おまけに、最近はクールビューティーマリア先生とも妖しい仲で」
「ああ、あれね」
ラティーファは、小さく溜息をついた。
「やっぱりね。こないだの特別ゼミの時、エウフェミアちゃんに、何の力にもなれなかったじゃん。あたしも気になってたけど、マリア先生も気にしててね」
「ほうほう」
「何とか、エウフェミアちゃんの惑星を豊かにする手はないかって、マリア先生と一緒にいろいろ考えて……」
「はあはあ」
「やっぱり決定的な一手ってないのよね」
「そうでしょうねぇ」
「だけど、まるっきり何も出来ない訳でもないんだ。『アクア3』、土地が狭いから、大きな宙港が作れなくて、輸出やるのに、凄いハンデ背負ってるのよね。かと言って、海上宙港はコスト高いし」
「うんうん」
「そこでっ! おじいちゃんが、研究開発中の『垂直離着陸航宙機』の出番な訳だよ。あれなら、狭い宙港をものともしない」
「いよっ、待ってましたっ!」
「しかも、未だ研究開発中だから、試験運用って名目で無料で使わせてあげるの」
「ラティーファ屋。お主も悪よのぉ」
「誰が『悪徳商人』ぢゃ。今のところ、話がそこまで行ってるところ。ところで……」
ラティーファはここで、言葉をいったんためた。
「あんたの方の話は?」
シナンはいつになく、真剣な顔になった。
「うん。これから話す」




