49 飲む? それとも、コーヒーにする?
すり潰し担当をしている坊っちゃんは、気付いた。
(あっ、あれは……)
若い男たちの一歩後ろに立つ男は……
(間違いない。「ビル・エル・ハルマート」でマフディの軍の指揮官だった男と同じ装いだ。しかも、あいつらと同じくらい強い)
坊っちゃんは緊張した。
(さすがにこの場ですぐ攻撃はしかけては来ないだろうが、これはそう遠くないうちに来るぞ)
「坊っちゃん。ほらまた、手が止まってるよ。また、考え事?」
エウフロシネが笑顔で語りかける。
「あ、うん。ごめんね」
坊っちゃんは笑顔を返すと、作業を再開した。
(「洗脳機関」の糸口からこっちに来た。だけど、ここは「ビル・エル・ハルマート」の「第12拠点」と違って、天然の要塞じゃない。非戦闘員の人を逃がさないと、下手をすると「虐殺」されかねない)
坊っちゃんは、笑顔で作業するエウフロシネをちらりと見てから、思った。
(今夜にも、旦那さんと一緒に島長に、僕たちのことを話そう。手遅れにならないうちに)
◇◇◇
「ヘイッ! そこのカーノジョッ」
日課の活動に精を出すのは、もちろん「てんなん」ことシナンである。
「そうそう。きみきみ。我が愛しのラティーファちゃんの親友の、そーう、エウフェミアちゃん」
「え? 私ですかぁ?」
怪訝そうな顔をするエウフェミアだが、それでめげるシナンではない。
「あれ? 今日はラティーファちゃんとつるんでないの? 珍しい」
「ラティーファさんは、マリア先生の所に行ってます。この間の特別ゼミで気に入られたみたいで、最近、良く行ってるんです。いつも一緒みたいに言わないで下さい」
エウフェミアは、不機嫌そうに答えるが、シナンは当然めげない。
「じゃあさ。僕と飲みに行こうよ。あ、未成年ならカフェでもいいや」
「私は貴方みたいな天才じゃないんですっ!」
エウフェミアは、ついにキレた。
「いつもいつも、色んな女の子とお酒飲んでばっかりいても、学内トップが取れる天才じゃないんですっ!おまけに、私の惑星は、どこより条件が悪いから、私が頑張らなければいけないのに、成績は伸び悩む一方で」
エウフェミアは、次第に涙声になっていった。
「正しい方向に向かっていれば、いつか、正しい成果が出る。時間はかかるかもしれないが」
「?」
急に真面目なことを言いだしたシナンに、エウフェミアは当惑した。
シナンはニッコリと笑った。
「僕の尊敬する人の言葉だよ。その人の名前は『アブドゥル・ラフマーン』」
「『ラフマーン』って?」
「そう。ラティーファちゃんのおじいちゃんだよ」
「……」
「今でこそ、エウフェミアちゃんの憧れの惑星になった『ビル・エル・ハルマート』だけど、本当、大変だったんだ。アブドゥルさん自身も頑なな面もあったしね」
「……」
「でも、それでも『この惑星を良くしたい』という気持ちを貫き通したから、最後は成果が出たんだよ」
「……」
「それとね、マリア先生とラティーファちゃんのこと、嫌いにならないで欲しいな。あの二人は、僕と違って、真面目過ぎる程、真面目だから、気軽に人を励ますこととかが出来ないんだよ」
「分かったようなことを言わないで下さいっ」
更に怒るエウフェミアだが、シナンは最後までめげない。
「後さぁ、たまには『アクア3』と無線通信するのもいいと思うよ。きっと、みんな、『すぐに成果を出せ』なんて言わないで、見守ってくれてると思うよ」
「……」
「で、どうする? 飲む? それとも、コーヒーにする?」
「その話、まだ、続いてたんですかぁ?」
(でも、噂と違って、いい人なのかもなぁ)
エウフェミアはそんなことも思った。
◇◇◇
「『偵察局員』ですか……」
ティモンはやっと言葉を絞り出した。
「隠していてごめんなさい」
坊っちゃんは頭を下げた。
「いや、私らのような田舎者には、縁遠い話だと思ってたもんで、驚きました」
「いえ、こちらも大した者じゃないです」
「それで……」
ティモンは座り直した。
「あの黒ずくめの男が貴方がたの追っていた犯罪組織の者ってことですか?」
「そうです」
坊っちゃんも緊張した面持ちである。
「前の任務地でも、狂信的暗殺者を使った攻撃を受けました。非戦闘員でも平気で攻撃してきます」
「…… 私たちも」
ティモンも緊張している。
「まるっきり平和を愛する無辜の民という訳ではありません。漁場の取り合いで銃撃戦にもなる。だから、ここは『アンバーゾーン』なんです」
「……」
「だが、暗黙の了解で、非戦闘員には手を出しません。正直、当惑しています」




