47 「無邪気は人を殺す」という言葉もあります
それは、陽光を受けて、一瞬、輝いた。
(あれ?)
ラティーファは、その光の元であるエウフェミアの首元を注視した。
「エウフェミアちゃん。きれいなネックレスしてる」
ラティーファの言葉に、エウフェミアは、はにかんだ表情を見せたが、すぐに笑顔になり、ネックレスを外した。
「見ます? 妹の手作りなんですよ」
ラティーファは、ネックレスを手に取り、眺めた。一つ一つの石のようなものが、光を帯びている。
「きれい。でも、何だろう? 真珠じゃないよね。大理石に似てる気もするけど」
「あはは。何だと思います?」
「うーん。わからない。降参」
エウフェミアは、満面の笑顔で答えを教えた。
「正解はガレオスという肉食魚の歯です」
「にっ、肉食魚ー?」
ラティーファはさすがに驚いた。
(「ビル・エル・ハルマート」も大概、ワイルドだと思ったけど、世の中にはその上を行く世界があるのね~)
エウフェミアは、笑顔のまま、話し続ける。
「あたしが一人でこの惑星に来る前の日に、妹と二人で作ったんです。あたしは妹の作ったものをつけて、妹は、あたしの作ったのをつけてるんです」
ラティーファも笑顔になった。
「それは大切な宝物だね」
「ええ。大切な宝物。そして、お守り。あっ」
エウフェミアも、あることに気付いた。
「ラティーファさんも、何かつけてますよね。それは?」
(あちゃあ~。見つかっちゃったかぁ~)
ラティーファは苦笑した。
「これは。刀の『柄』です」
「え?面白い。刀の『柄』って、何かのお守りなんですか?」
「そうだね。お守り」
(これの刃が光を帯びて出てきたら、その惑星に戦乱が起こっているということ。光らないことが平和の証。だから、お守り)
物思いにふけるラティーファに、エウフェミアの質問が飛んだ。
「ラティーファさんも、そのお守り、誰かから貰ったんですか?」
「え!?」
クリティカルヒットである。痛いところを突かれた。まさか、自分を守った男が倒した敵将が持っていたとは言えない。色々カオス過ぎる。
「えっ、えーと、何と言うか、事情は非常に複雑で……」
しどろもどろになるラティーファに、更に、エウフェミアの質問が飛ぶ。
「ひょっとして、ラティーファさんの『大切な人』から貰ったんですか?」
「いっ、いやっ。それはありませんっ。旦那さんから貰ったものでは断じてありません」
「『あいつ』って、誰ですかぁ?」
「エウフェミアさんっ」
ラティーファは、頭を下げた。
「『無邪気は人を殺す』という言葉もあります。この辺で勘弁してやって下さいっ」
「はっ、はあ?」
幕引きは、強引になされた。
◇◇◇
その日の講義は特別ゼミだった。
指導教官は、長身のクールビューティー、マリア教授。年の頃は40代半ばだろうか。
鋭い眼で、学生たちの研究発表を見つめている。
研究発表は次々行われていく。
マリアは小さく溜息をついた。
(こいつもまた『銀河帝国』の未来展望か。『銀河連邦』との経済力、軍事力の対比。経済力では『銀河帝国』が圧倒。軍事力はGNPの中で軍事予算がより多くの割合を占める『銀河連邦』が『銀河帝国』を猛追か。ふん)
(このまま放置しても、いずれ『銀河連邦』は財政破綻を来すから放っておけばいいか。ふん。前の奴は『銀河帝国』が『銀河連邦』に積極的に投資し、経済的支配下に置いて、いずれは国家ごと吸収すれば良いって言ってたな。そのまた前の奴は『銀河連邦』の軍事力が『銀河帝国』に劣っている今のうちに軍事行動で決着をつけろと言ってやがった)
(まあ、確かに経済的指標も、軍事的指標も分析すれば、同じような結果が出る。どっかの焼き直しみたいな話になるのは、仕方がないっちゃ、仕方ないんだが)
◇◇◇
そんなマリアが前のめりになったのは、次のラティーファの発表だった。
長きにわたる独裁政権による支配とそれに対する抵抗。独裁政権を打倒して、民主化したとたんに発生した主導権争い。それに伴う軍事的抗争。外資の受け入れによる惑星の再建。今後期待される経済発展。
実体験が伴う発表は重みが違った。
「お見事です。ミス・ラフマーン」
マリアは立ち上がって拍手した。他の学生もそれに続いた。
「貴方の貴重な体験は、必ずや、貴方の惑星ばかりでなく、他の発展途上星を救う糧になるでしょう」
「有難うございます。教授」
ラティーファは深々と頭を下げた。
◇◇◇
だが、そのマリアにして、最後のエウフェミアの発表には絶句した。
収まらない火山活動を始めとした、気象災害。それが原因で投資に消極的な外資、水産業頼みのモノカルチャー、その水産業も原因不明で資源の枯渇の傾向が見られる、また、そのことで飢餓や資源を巡っての抗争が懸念される等々。
マリアは、咳払いを一つしてから、参加者に発言を促した。
場は静まり返った。参加者の大半は、経済的に発展した富裕な惑星の出身者である。
普段からの興味関心は、『銀河帝国』がいかに『銀河連邦』を圧倒するかに占められていた。
マリアは、咳払いをもう一つしてから、発言した。
「私はかねてから、『銀河帝国』内部で、経済的に富裕な惑星は、発展途上星にもっと経済援助をするべきだと考えている」
参加者は、黙って聞いていた。
「しかし、現在の『銀河帝国』は『銀河連邦』との緊張の高まりで、軍事的予算に多くを割かざるを得ない実情もある」
「……」
「かと言って、民間資本は収益がなければ、投資をしない」
「……」
「この案件はとても難しい」
一人の参加者がおずおずと挙手し、質問した。
水産資源の枯渇の原因は皆目見当がつかないのか? 調査方法はないのか? と。
エウフェミアは静かに答えた。
水産資源の枯渇の原因は諸説あるが、決定的な根拠はないこと。本格的な調査は多額の費用がかかり、
現状ではとても実施困難なこと。
再び訪れた重い沈黙に、マリアは口を開いた。
「ミス・ラフマーン。貴方の意見は?」
ラティーファも当初から考えていた。
だが、考えれば考えるほど、自分のケースは、アンバーゾーンであることを知りながら、強硬に航宙機工場建設を推進したミッドラントCEOの存在の大きさに思いを馳せざるを得なかった。また、レアメタルを産したアドヴァンテージのことも。
「わっ、私にはわかりません」
「貴方の出身星の事例で応用できそうなことは、何かありませんか?」
「…… 残念ですが…… 何も思い当たりません」
「そうですか……」
そのまま、マリアは会話を打ち切った。
ふとみると、発表者席のエウフェミアは、ひどく青白い顔をしていた。




