46 戦闘以外は子ども以下だもんな
すり身は、三回、水洗いと水切りを繰り返すと、殆ど臭いはしなくなった。
エウフロシネは、それを油が煮える大釜に持っていくと、揚げ物にし始めた。
「おおうっ、いい匂いがしてるじゃないか」
「もう、お父さん。また、来たの?」
「いいじゃないか。うん。いい匂いだ」
ティモンは、丸く揚げたすり身を一つひょいと摘まむと、口に運んだ。
「あちち。んっんっ。でも、うまいっ、こいつぁいけるぞ」
「お父さん。後で、みんなで食べるんだから、つまみ食いはダメだよ」
「すまんすまん。でも、本当にいい匂いがして、我慢できなくてさ」
「ティモンさん」
坊っちゃんが声をかける。
「あの旦那さん、どこへ行ったか知りませんか? 最初は姿が見えたけど、途中から見えなくなって」
「ああ」
ティモンは頷いた。
「最初は、旦那さんにも、すり潰しとか水洗いとか手伝って貰ってたんだがね。あんまり手際が悪いもんで、おかみさんたちが『もう、いい。休んでろ』って」
(ああ)
坊っちゃんは、察した。
(あの人、戦闘以外は子ども以下だもんな)
「まあ、旦那さんは、肉食魚狩りで大活躍だったし、それもいいかなと」
ティモンのフォローに、坊っちゃんは内心同意した。
(そのとおりです)
◇◇◇
共同調理場は、いつしか試食の場と化し、それが、「宴」になるまで、時間は殆どかからなかった。
「坊っちゃん」
エウフロシネは、小声で呼びかけると、坊っちゃんの右袖口を引いた。
「はい?」
「また、お願いしたいことがあるの。一緒に来て」
「うっ、うん」
二人は、「宴」の場から、そっと姿を消した。
◇◇◇
「あれ?」
程よく酔いが回ったティモンは、その時、気付いた。
「エウフロシネは、どこ行った?」
荒くれ海の女たちは、顔を見合わせ、そして、ニヤリと笑った。
「島長っ、野暮をお言いでないよっ」
荒くれ海の女たちのリーダーは右手で、思い切りティモンの左肩を叩いた。
「いててて」
衝撃で背中を丸めるティモンに、荒くれ海の女たちの追撃が次々入る。
「島長ーっ。エウフロシネちゃんの気持ちも考えてやんなよっ。あんたの奥さん、エウフロシネが生まれてすぐ死んじゃってさぁ」
「そうそう。代わりに育ててくれたおばあちゃんも去年死んじゃって」
「あたしらも背中押したけどさぁっ。お姉ちゃんも他の惑星の大学行っちゃってさぁ」
「エウフロシネだって、寂しかったんだよっ! 好きにさせてやんなっ!」
「それにさぁ……」
「坊っちゃんもいい子じゃん。肉食魚は狩れるし、調理も出来るしさぁ」
「そうそう。あたしもいい子だと思った」
「そうだよねっ、そうだよねっ」
荒くれ海の女たちは、完全にティモンを置いてきぼりして、盛り上がりだした。
「いっそさぁ、島長。坊っちゃん、エウフロシネちゃんの婿にしちゃいなよ」
「むっ、むむむ、婿ーっ」
ティモンは口内の酒を全部吹き出した。
「エウフロシネはまだ10歳だぞ」
「そんなのいいじゃん。本人同士が良ければさぁ」
「そうだよ。そうだよ」
荒くれ海の女たちの勢いは止まらない。
「ひょっとしてさぁ、島長、エウフロシネちゃんがお嫁に行っちゃうのが寂しいの?」
「あ、そうかぁ。上のお姉ちゃんも外の大学行っちゃったしねぇ」
「仕方ないなあ」
一人の荒くれ海の女が右手で、ティモンの右肩に触れた。
「あたしが、島長と再婚してやるよ」
「……」
一瞬、沈黙が支配したが、すぐツッコミが入った。
「あんた、結婚してるじゃん。亭主、健在だし」
「あっ、そうか。忘れてたわ」
場は大爆笑の渦となった。
(ふぅ)
ティモンは一人溜息をついた。
(まぁ、婿うんぬんは冗談にしても、あの二人には、しばらくいて貰わないとな。少なくとも自力で肉食魚漁が出来るまでは)
◇◇◇
「ここだよ」
エウフロシネは、海岸の岩陰を指し示した。
この惑星には衛星があり、その反射光で今夜は明るい。
「見て」
エウフロシネは、袋にぎっしり詰まった輝く小石のようなものを見せた。
「これは…… 何?」
坊っちゃんの質問に、エウフロシネは静かに答えた。
「肉食魚の歯だよ。きれいでしょ?」
坊っちゃんは、黙って頷いた。
「坊っちゃんにお願いしたいことがあるんだ」
エウフロシネは、袋の中から肉食魚の歯を一個取り出した。
「これを使ってネックレスを作るの。一緒に作ってくれないかな?」
坊っちゃんは、もう一度、黙って頷いた。
エウフロシネは、笑顔になると、工具を取り出した。
「いい? 肉食魚の歯はきれいだけど、先端が尖って、とても危ないの。だから、最初は鉄ヤスリで先端を削ることから始める」
「うん」
二人は先端削りに精を出した。
「先端削りが終わったら、今度は錐で紐を通す穴を開けるの」
「うん」
穴あけが終わると、エウフロシネは、坊っちゃんに最後の指示を出した。
「好きな歯を選んで、紐に通して。最後は紐を結んで」
「うん」
程なく二種類のネックレスが出来上がった。
「はい。あたしの作ったのは、坊っちゃんにあげる。坊っちゃんの作ったのは、あたしが貰うね」
エウフロシネは、自らが作ったネックレスを坊っちゃんの首にかけ、また、坊っちゃんの作ったネックレスを自らの首にかけた。
「見て」
エウフロシネは、自らの首元を指差した。
「あたしは、二つのネックレスをしているの。一つは、さっき、坊っちゃんに作って貰った分、もうひとつは……」
「……」
「他の惑星の大学に行っているお姉ちゃんが作ってくれた分。あたしは、お姉ちゃんの作ってくれたネックレスをとても大事にしてきたし、お姉ちゃんも、あたしが作ったネックレスを大事にしてくれてると思う。だから……」
「……」
「坊っちゃんもあたしの作ったネックレスを大事にして。あたしも大事にするから」
坊っちゃんは、最後にもう一度、黙って頷いた。




