45 山のようにとっつかまえて来い
「肉食魚どもを山のようにとっつかまえて来い。全部、ミンチにしてやるから」
勇ましい声援を受け、船は肉食魚狩りに、意気揚々と出港した。
船長はティモン。乗組員は旦那さんと坊っちゃん、他に10名の荒くれ海の男たちである。
目的海域に到着すると、ティモンの指令で、撒き餌、鮮度が落ちてしまい、食用にも、売り物にもならなくなった魚肉が撒かれた。
「うおぅ、来た来た」
飢えている肉食魚が続々と集まってくる。
そこを坊っちゃんがレーザーブラスターで次々射殺する。
その死骸を目当てに集まってくる新しい肉食魚も坊っちゃんが次々仕留めていく。
「今だ~。網を投げろーっ」
ティモンの指令一下、荒くれ海の男たちは網を投げ、肉食魚の回収にかかる。
お目当ての他の肉食魚の死骸を人間どもに横取りされた一部の肉食魚は怒りのあまり、ジャンプして、船上の人間どもを襲わんとする。
それを退治するのは、旦那さんの仕事だ。
レーザーセイバーを軽く振っただけで、肉食魚はばたばた倒れていく。
(なんてぇ、凄い人たちだ)
ティモンは、旦那さんと坊っちゃんの活躍ぶりに目を奪われた。
(最近の趣味の肉食魚フィッシングする人はレーザーまで持っているのか。時代は変わった。凄い時代になった)
◇◇◇
「島長。もう、これ以上、積めませんぜ」
乗組員の言葉に、ティモンは我に返った。
「よーしっ。この海域から脱出するぞっ!」
ティモンは船を全力前進させた。
なおも追いすがる肉食魚を、旦那さんと坊っちゃんが仕留め、船は海域を脱出した。
(これはこの惑星の産業革命の先駆けになるかもしれん)
ティモンは思った。
◇◇◇
肉食魚を満載した船の帰還は、大歓声をもって、迎えられた。
荒くれ海の男たちは、獲った肉食魚を次々と船着き場に放り出し、荒くれ海の女たちはそれを嬉々として、共同調理場に運んだ。
「坊っちゃん。何してんの? 早く降りてきて」
「うっ、うん」
船着き場の光景に圧倒されて、立ちすくんでいた坊っちゃんは、エウフロシネの言葉で我に返った。
「さっ、行くよっ。あたしも、肉食魚を調理することになってんの、坊っちゃん、手伝って」
「うん」
エウフロシネは右手で、坊っちゃんの左手をしっかり握ると、共同調理場に誘導した。
◇◇◇
「見てて」
エウフロシネは10歳の少女とは思えない手際の良さで、肉食魚の頭を切り落とした。
続いて、ヒレを切り落とした後、きれいに皮をはぐ。更に身を切り出して、小骨を取る。
(へ~)
思わず見とれてしまう程の包丁さばきである。
正直、ラティーファやシラネでは、とても出来まい。
「!」
集中していたエウフロシネは、坊っちゃんの視線に気付いた。
「そんなに見られると緊張するよ」
「ごっ、ごめん」
坊っちゃんは、視線をそらした。
(でも、先に『見てて』と言ったのは、エウフロシネのほうじゃあ)
◇◇◇
エウフロシネは、大きなすり鉢とすりこ木を持って来た。
「すり鉢の中に、身を入れたものを、すりこ木で、すり潰して、これは坊っちゃんの仕事だよ」
「う、うん」
坊っちゃんは、すり潰しを始めた。
ふと見ると、周りの女性陣は、肉食魚の解体。男性陣は「すり潰し」と分業しているようだ。
◇◇◇
「やってるねぇ。でも、この臭いはたまらんなあ。何か小便みたいな臭いで」
「もう、お父さん。冷やかしで来たなら、帰って」
「ああ、ごめんごめん」
ティモンは、エウフロシネに素直に頭を下げる。
いつの間にか、陽は沈んでいた。だが、作業している者たちに疲れの色は見えない。
「うん。上等上等」
エウフロシネは、坊っちゃんのすり潰した身を見て、合格点をつけた。
「後はこれを丁寧に水洗いして、水を切る。それを三回繰り返すの。これは一緒にやろ」
「うっ、うん」
坊っちゃんは、エウフロシネと一緒になって、水洗いと水切りを繰り返した。
何だか不思議な気持ちだった。
(砂の惑星では、いつ敵が攻撃してくるかわからなくて、戦闘してるか、戦闘準備してるかだったもんなあ。こんなことやるとは思わなかった)
ふと、視線を上げると、エウフロシネのそれと合った。
エウフロシネはにっこり笑うと言った。
「手が止まっているよ。何か考え事?」
「ごっ、ごめん」
「んっ、いいんだ。誰だって考え事くらいするもんね」
エウフロシネは、また、にっこりと笑った。




