40 ひょっとして、あたし、馬鹿にされてます?
「えっ? 本当に砂漠の王女様じゃないんですか?」
女子学生の問いに、ラティーファは苦笑して答えた。
「違う。違う。あたしの惑星は、『ビル・エル・ハルマート』と言って、銀河の辺境にあるの。そこには王族はいなくて、12の部族の連合体なの。あたしは、その中の一部族の長の孫娘ってだけ。ま、シナン君はあれでも部族長だから、あたしよりは偉いか」
「そうだったんですか。それは失礼しました」
女子学生はがっかりしたようで、下を向いた。
「いや。何だか期待させて、ごめんね。自己紹介がまだだったね。あたしは『ラティーファ・ラフマーン』。出身地は、砂の惑星『ビル・エル・ハルマート』っと言っても知らないよね」
「知ってます! 『ビル・エル・ハルマート』。私の憧れの惑星なんです。行ってみたいです」
「へ?」
目を輝かして語る女子学生に、ラティーファは絶句した。だが、何とか言葉を継いだ。
「あの、本当、砂と岩しかなくて、何にもないところですよ?」
「『砂』と『岩』。憧れます。水なんか全然ないんでしょう?」
「はい。僅かな水があるところに、人がしがみついて生きてるようなところで……」
「水が僅かしかない! 憧れます」
「えー、えーと、ひょっとして、あたし、馬鹿にされてます?」
ラティーファの素朴な疑問に、女子学生は笑い出した。
「あははは。ごめんなさい。私の方こそ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私の名前は『エウフェミア』。出身は、水の惑星『アクア3』です」
「『水の惑星』? 何か、そっちの方がうらやましい感じがするんですけど?」
「あははは。『砂の惑星』の人には、そう思えるかも。でもですね」
エウフェミアの語る「アクア3」の実情は、「ビル・エル・ハルマート」と比較しても、過酷なものであった。
銀河に3つ水ばかりで、殆ど陸地のない惑星があった。発見順に「アクア1」「アクア2」「アクア3」と命名された。
(せっかく豊富な水があるのに、植民できないのはもったいない)
そう考えた銀河帝国政府は、3つの惑星で人工的に海底火山を噴火させ、陸地を作り、希望者に植民させる計画を立てた。
「アクア1」と「アクア2」では、その計画は成功した。
「アクア1」では、豊富な水を背景にした農業、水産業とリゾート観光が発展した。
「アクア2」では、やはり豊富な水を背景にした製造業が発展した。
だが、「アクア3」では……
計画では沈静化する筈の火山活動がいつまでも収まらなかった。更に、他の二つに比べ、波による浸食活動が激しく、僅かな陸地はすぐに削られていった。
外資も気象災害の懸念の大きい「アクア3」への投資を回避した。
かくて、「アクア3」は小規模な水産業に依存しながら、僅かな収入を防潮工事に奪われ続ける貧しい惑星であり続けたのである。
◇◇◇
(あたしの惑星と同じだ)
ラティーファは思った。
(いや、あたしの惑星の方が随分とましだ。ミッドラント卿が出たおかげで、航宙機産業が栄え、また、復活しようとしている)
「私が『ビル・エル・ハルマート』に憧れる訳、わかりました?」
エウフェミアは微笑した。
「うん。ごめんね。『馬鹿にしてる?』なんて言って」
ラティーファは、頭を下げた。
◇◇◇
「いいんです。私は……」
エウフェミアは空を見上げた。
「期待されて、この大学に来たんです。学費も安くないけど、両親以外の惑星の人もお金を出し合ってくれて」
「……」
「ところが入学してみてびっくりです。みんな、成績優秀だし、『ビル・エル・ハルマート』出身の人なんか、毎週、女の子とお酒飲んで、成績トップだし」
「いやいやいやいや」
ラティーファは全力で右腕と首を左右に振った。
「いっ、いっ、いっ、いいですかぁ~? エウフェミアさ~ん」
エウフェミアは何でカタコトになるんだろうと疑問に思ったが、頷いた。
「はい」
「あたしぃも、『ビル・エル・ハルマート』出身ですがぁ~、はっきり言って、シナンは異常でーすっ」
「はっ、はあ」
「言ってみればぁ、シナンは『勉強とナンパの変態』で~すっ」
「べ、べんきょうとなんぱのへんたい?」
「そぅで~す。あたしぃの後に続いて、言ってみてくださぁい。『勉強とナンパの変態』」
「勉強とナンパの変態」
次の瞬間、二人は爆笑地獄に陥っていた。
「らっ、らっ、らっ、ラティーファさん。何なんですか? 『勉強とナンパの変態』って?」
「しっ、知らないっ。気が付いたら、口に出してた」
二人はしばらくの間、笑い転げていた。




