39 あんの馬鹿ぁ、余計なことを
(それにしても…… シナン君には驚かされちゃったなぁ)
シナンの学内でのあだ名は「てんなん」である。「天才ナンパ留学生」の略だそうだ。
ラティーファと同い年とはいえ、誕生日の早いシナンは既に20歳になっている。
毎週休みになると、シナンはコンパコンパで大活躍である。
不特定多数の女子学生に声をかけるが、特定の彼女はいないらしい。
ところが、それでいて、彼の成績は学内トップなのだ。
「天才」の称号はナンパだけでなく、学業にも冠されるのだ。
(そりゃあ、子どもの頃から頭は良かったけどさ~。劣等感持っちゃうな~)
幼少の頃、「おにごっこ」や「かくれんぼ」で遊びたがるラティーファに対し、シナンは拠点にある樹木を「これは何科で何て名前」とか夜空にある星をみては「何座の何星」とか言っていた。
(よしっ!)
ラティーファは、両頬を両手で叩くと立ち上がった。
(悩んだって始まらないもんね。成績が維持出来なければ意味ないし、成績が安定するまでは学校と寮の往復でも仕方ないか。学校の講義がつまらないかと言えば、面白いし)
(今日はもう寝よう。また、明日、頑張ろう)
ラティーファは消灯し、眠りに落ちた。
◇◇◇
「また、違法性AI対応ヴァーチャルリアリティ性風俗施設関連の調査依頼か? クライラントはどこだ?また、ミッドラント財閥か?」
偵察局長は稟議書を持ってきた部下に問う。
「いえ、星間警察です」
「星間警察? 奴らもいよいよ『洗脳問題』に本腰を入れてきたってことか。何故、自分のとこでやらないんだ?」
「それが調査対象の惑星が、また『アンバーゾーン』だそうで」
「ふぅ」
偵察局長は溜息をついた。
「戦闘がらみは『偵察局』ってか。まあいい。で、誰に任せようと思ってる?」
「旦那さんと坊っちゃんのコンビで。経験があるので」
「あいつらかぁ~」
偵察局長はまた溜息をついた。
「あいつら、確かに有能なんだが、こっちの制御が効かないからな~。今のところ、結果オーライになっているが」
「不思議とうまくまとまるんですよ」
「前回は何だっけ、砂漠の惑星に空挺降下する直前の宙港でテロ事件があって……」
「そうです。そのテロリストが結構戦闘力が高くて、旦那さんが『チャージオン』して倒して」
「そのまま、新しい知識を教える時間のないまま、砂漠の惑星に空挺降下して、結果的に目標の組織を潰しましたがね」
「常識的な奴は戦闘力が弱い。戦闘力が高い奴は非常識。『偵察局』の人材不足は重症だな」
「シラネ女史が退職した以上、他って言うと、まず、彼らなんでよね~」
部下も溜息をついた。
「シラネ君かぁ~。彼女は本当に惜しかった。くれと言ってきたのが、よりによって、ミッドラントceoだったからな~。他だったら、断るんだが」
「彼女の抜けた穴は大きいです。事務員なら補充が効くけど、戦闘員はそう簡単にいかないですからね」
「全くだ。ま、戦闘員のスカウトは別枠でやるとして、今回はあのコンビでやるしかないか」
「そうですね。ただ、今回はもうシラネ女史がいないから、何か起きた時のトラブルシューターがいないんですが」
「ふぅ。仕方あるまい。ギャンブルはギャンブルだが、今まで負けたことがないってことに賭けるか」
「そうですね」
◇◇◇
講義が始まる前、ラティーファはいつも前の方に座る。
既に好成績を取ることを断念したメンバーは後ろに座る。
例外はシナンで、後ろの方で女子学生とキャッキャッ言ってるのに、学内トップだ。
いつものように、講義が終わり、ラティーファは次の教室に向かうべく、立ち上がった。
その瞬間、一本だけしまい忘れていた筆記用具が床に転がった。
「あっ」
思わず声をあげたラティーファだが、別の女性がその筆記用具を拾い上げ、両手で持って、丁寧にラティーファに渡した。
「有難う」
ラティーファは笑顔で、その女性にお礼を言った。
その女性は、はにかみながら答えた。
「いえ、いいんです。王女様」
ラティーファは驚いた。
「王女様ー? 誰が」
「え? 貴方様が、王女様では?」
女性の問いに、ラティーファはあわてた。
「いえいえ。あたしはただの一族長の孫娘ですよ。言わば、あの一番後ろの席で女の子に囲まれてるナンパ師と同じ身分です」
ラティーファが、自分を指差していることに気付いたシナンは、笑顔で手を振って来た。
「ラティーファちゃーん。結婚してくれる気になったー?」
次の瞬間、シナンを囲む女子学生たちからの鋭い視線が、ラティーファに突き刺さる。
(あんの馬鹿ぁ。余計なことを~)
「ここは場所が悪い。出ましょ。出ましょ」




