38 ビンゴかよぉ~
「坊っちゃん。前回は長かったねぇ。もう、帰って来ないかと思ったよ」
偵察局本部の事務室。坊っちゃんは話好きの事務員パオラに捕まっていた。
(あちゃあ、捕まったかぁ。しばらく帰ってなかったから、こりゃあ、長くなるかも)
坊っちゃんは内心あわてたが、もちろん、そんなことはおくびにも出さず、
「いつもに増して、いろいろあったからねぇ」
と笑顔で返した。
「それにしたってさぁ、あれよ、あれっ! そうっ、シラネちゃんっ! 何でも玉の輿に乗ったんだって?」
「うん。社長夫人だもんね」
「なんかさあ、結婚相手の写真見せてもらったの! そしたらさぁ、何と! 金髪のすらっとした美青年じゃな~いっ。その上、エリートと来たもんで、『偵察局』の事務員の若い娘たちなんか、も~、『うらやましい』『うらやましい』と大騒ぎっ!」
「……」
(この話いつまで続くんだろ?)
「だけどさぁ、よく局長も結婚退職許したよねぇ~。だってさ~、ほらっ、あの娘っ、局長のお気に入りだったじゃな~い。そりゃ、成績も抜群だったけどさぁ~。てっきり、結婚しても残ってくれって、泣きつかれるかと思ったよ~」
「……」
(ミッドラントCEOが引き抜いたという話は 黙っておこう。どうせ、話が長くなるから)
「だけどさぁ、こうなると、あのシラネちゃんの兄貴! あのムサ男の方も何とかしないとね~。何かいい話ないの?」
「ま、なくもないようですが……」
「え~っ。本当~っ。おばさんに教えてっ、教えて~っ。誰にも言わないからぁ~」
(しっ、しまったぁ~)
坊っちゃんは(本気で)後悔した。
(言葉の選択を誤ったぁ~。何にもないと言うと、じゃあ、おばさんがお見合いをセッティングするとか言いだすかと思って、なくもないと言ったけど、大失敗だぁ~)
パオラの両眼は爛々と輝いていた。
それはあたかも格好の獲物を見つけた飢えた狼のようだった。
この場で、誰にも言わないという言葉ほど信用できないものはない。今日のこの時刻を考慮した場合、明朝には事務部門の女性職員全員が知っていることだろう。
「ぼ、僕も、詳しくは知らないんですよ。噂でちらほら聞いたくらいで……」
坊っちゃんは、あわてて事態の収拾を図る。
「本当~? 本当は何か知ってるんじゃないの~? もったいつけないで、教えなさいよ~」
(どうして、こういうことだけ嗅覚が鋭いんだ?)
「本当に知らないんですよ。何か旦那さんを気にしていそうな女性がいるって、聞いたくらいで」
「じゃあ、その女性って、誰よ? 教えなさいよ」
「パオラさんの知らない女性ですよ。銀河の辺境の惑星に住んでいる」
実は同じ星系の学術研究惑星に留学しているとは、口が裂けても言えない。言ったら、『あら、近いじゃない。今度、航宙機乗って、会いに行ってくるわ』くらいのことを言いだしかねない。
「ふ~ん」
まだまだ、納得していないようだ。これは話題を変えねば……。
「ところで、パオラさん。エンリコ兄ちゃんは元気ですか?」
「エンリコ~?」
エンリコとは、パオラの息子で、坊っちゃんより5つ程度年上である。坊っちゃんが幼少の頃、よく遊んだ間柄だ。
「エンリコねぇ」
パオラはいったん溜息をついたが、マシンガントークはすぐ復活した。
「エンリコはねぇ。思春期というか、何というか、最近、あたしと口きいてくんないのよね~」
「……」
(それは、パオラさん。貴方がずけずけと『好きな娘いるんでしょ?お母さんに教えなさいよ。応援してやるから』とか聞いているからでは……)
「坊っちゃん。エンリコに言ってやって『お母さんには、何でも話しなさい。恋の悩みとか聞いて、応援する』と言ってたって」
(ビンゴかよぉ~)
坊っちゃんは(本気で)逃げ出したくなった。
「あっ、もう、こんな時間。局長に呼ばれてたの忘れてた。パオラさん、またね」
坊っちゃんはダッシュで逃げ出した。
「あっ、待ちなさいっ。話はまだ終わっていない」
坊っちゃんは、それはもう必死で逃げて行った。
◇◇◇
大学の寮は快適だ。
個室で、当然、バストイレはついているし、通信環境も整っている。
食事は朝7時から夜10時までやっている食堂で摂ってもいいし、個室備え付きのキッチンで調理しても良い。
だが、銀河屈指の名門大学だけに、好成績を収めようとすると、かなりの努力を要するのも事実である。
その厳しさに学生の中には好成績を収めることを断念し、努力を放棄する者も多い。
しかし、ラティーファやシナンたち留学生はそうはいかない。
学費等諸費用全部ミッドラントCEOが負担しているのである。
成績が落ちれば、代わりはいくらでもいると言われている。
さすがのラティーファも心が折れそうになることもある。
そんな時の相談相手は、決まってシラネだった。
だが、シラネも多忙だ。
以前より格段に良くなったとは言え、砂の惑星の治安維持は彼女の仕事だ。
他に夫であるミラーの仕事、宙港の拡張工事、航宙機工場の建設工事、建設作業員の雇用、雇用した建設作業員のための宿泊施設の建設、生活のための商業用施設の誘致等々のフォローも彼女の仕事だ。
(シラネさんは、何でも相談していいとは言ったけど、少しは自立しないとなぁ)
ラティーファはそんなことも考える。




