37 第三章プロローグ
突如、キャンパスに降臨したその女神に、周囲の人間は男女とも眼が釘付けになった。
スタイルのいい長身。褐色の肌。腰までありそうな長い銀髪。シックな濃い赤のワンピース。
エクゾチックな留学生に、周囲はざわめいた。
「誰。あの人?」「凄い美人。かっこいい」「でも、少し出来すぎてて、声かけにくい」
多くの人が遠巻きにする中、早足で平気な顔をして近づく若い男が一人。
「おっ、あいつ、勇気ある」「なんだなんだ。ナンパか?」
同じような褐色の肌に、短い黒髪、これも留学生か?
「ラティーファちゃーん。ひっさしぶりぃ~」
(うっ、こいつ、軽そう)
(なれなれしいな。知り合いか?)
周囲に様々な思惑が行きかう中、「銀髪美人留学生」ことラティーファは振り向いた。
「あっ、シナン君。そうか、君も留学したんだったね。あれ、まさか、『レーザーガン』はどうしたの?」
「あーあれ? あれはアタッチメント式だから、今は普通の義手付けてるよ。さすがにこんな平和な市街地で、あれつけてる訳にはいかないからね」
「それはほっとした。あたしの予想より常識人で良かった」
「そうそう。あ、ラティーファちゃん、早速で悪いんだけど」
「何?」
「結婚してください」
ラティーファも固まったが、周囲も固まった。
いくばくかのタイムラグを経て、どよめきが起こった。
「えっ、えーと」
ラティーファはようやく声を絞り出した。
「シナン君。君はシラネさんにプロポーズしたんじゃなかったかな?」
「やだなあ。ラティーファちゃん聞いてるくせに~。シラネさんならミラー社長と結婚したよ。だから重婚の心配はナ・シ」
(はあぁ)
ラティーファは大きな溜息をついた。
「シナン君。本当、君、一度、生死の境をさまよったら、人柄変わったね」
「そんなに褒めないでよ」
「褒めてないって。何でまた、そんなに変わったの? サイボーグ手術で人格改造手術も受けたとか」
「はっはっはっ、僕を入院させたのって、ミラー社長だよ。そんな人権に抵触するような病院に入れないって。僕が自分で考え変えたの」
「ふ~ん」
ラティーファは考え込んだ。
(シナン君ほど生死の境をさまよった訳じゃないけど、あたしも一度は殺されかけた身だ。あたしは何か変わったんだろうか)
「ラティーファちゃん。結婚の答え聞いてないよ?」
シナンの言葉が、ラティーファの思考を遮る。
「あ、お断りします」
「うーん。残念。では、第2案! 婚約者から始めて下さい」
「ちょっと、それじゃ、何も変わってないでしょ。ま、同郷だし、おじいちゃんの命を救って貰った恩もあるから、友達でいましょ」
「うん。まあ、いいか。僕は諦めないよ。ベイビー」
◇◇◇
シナンが立ち去ろうとすると、知らぬ間に取り囲んでいた群衆がサッと道を開けた。
その中にいた一人の少女に、シナンは声をかけた。
「君、可愛いね。僕はこれでも砂の惑星『ビル・エル・ハルマート』の族長なんだよ。え? 『ビル・エル・ハルマート』を知らない? じゃ、カフェで話さない? 教えてあげるよ。君のことも知りたいし」
(…… まあ、ああいう生き方もあるのかもしれない。社交性があるとも言えるし、繋がりが後で生きてくるかもしれない。でも、今のあたしにはああいう生き方はできないなぁ)
ラティーファはまた一つ溜息をついた。




