36【幕間3・後編】どんな「御褒美プレイ」だよ。これ?
「さて」
シラネは真顔に戻った。
「あたしはもう一仕事ある。行ってきますね」
「その仕事は私には出来ない。貴方にしか出来ない。よろしくお願いします」
ミラーも真顔に戻った。
「シラネさん。よろしくお願いします」
長老は深々と頭を下げた。
◇◇◇
シラネは駐在所の個室のドアをノックした。
「ラティーファちゃん、いる? 入っていい?」
やがて、ドアはわずかに開いた。
「シラネさん。シラネさん一人なの? シラネさん一人なら入ってもいい」
ラティーファは消え入るような声で答えた。
「もちろん、あたし一人だよ。亭主と議長は先に休ませたよ」
「なら、入って」
ラティーファの顔はぐしゃぐしゃだった。よほど泣いたのだろう。
シラネは笑顔を見せると言った。
「ラティーファちゃん。よくぞ耐えて、旦那さんの前で、泣かないでいてくれたね。有難う」
「じっ、ジラネざ~ん」
次の瞬間、ラティーファは涙と鼻水とよだれで、ぐしゃぐしゃになった顔をシラネのスリムな胸に押し付けてきた。
(わおっ、美少女の体液であたしの胸がいっぱいにって、どんな「御褒美プレイ」だよ。これ?)
シラネはそんなことを考えながら、両腕でラティーファを抱きしめた。
「ジラネざ~ん。わかるんだよ。わかるんだよ。あたし~」
「うんうん」
シラネは、ラティーファの声を受け止めた。
「おじいちゃんの言ってることは正しいよ。これから平和になるこの惑星にいたら、旦那さんはきっとダメ人間になる」
シラネは一瞬、今でもダメ人間だと思うけどな~と考えたが、そこは黙って頷くことにした。
「旦那さんはいつまでも砂の惑星にいちゃいけない。わかってるんだよっ」
「うんうん」
「だけどっ、だけどっ、どうしても気持ちが、納得いかないんだよ。納得いかないんだよっ」
(はああぁぁ~)
シラネは内心、大きな溜息をついた。
(旦那さんのどこがそんなにいいのかねぇ~)
◇◇◇
「わかったっ」
シラネはラティーファを抱きかかえたまま、立ち上がった。
「へっ?」
「ラティーファちゃん。今夜一晩、『有能美人秘書』シラネさんの時間を全て君にあげよう。好きなだけ泣いて、愚痴っていいよ。全部受け止めてあげる」
「じっ、ジラネざ~ん」
ラティーファはシラネを抱きしめ返すと、そのまま、ソファーに押し倒した。
「だっ、だいすきぃ~」
◇◇◇
(わお、今度は美少女に押し倒された。これも「御褒美プレイ」か。いやいやいや)
シラネは気を取り直すと、立ち上がった。
「よ~し、今夜はとっておきの酒を開けたるわ~って、あんた、まだ、19だっけ? くそっ、仕方ない。
お姉さんの大人の魅力に酔わせてあげよう」
「じっ、ジラネざ~ん」
砂の惑星の長い夜は更けて行った。
◇◇◇
翌朝、ラティーファは目を覚ました。
何気なくそばを見ると、軍服姿の女性が立っている。
あわてて飛び起きると、それはシラネだった。
「おはよう。ラティーファ・ラフマーン。目が覚めたかね?」
「しっ、ししし、シラネさん? その恰好は?」
「今後は質問は許さん。返事は『サーイエッサー』のみだ。わかったか?」
「さっ? さぁいえっさぁ?」
「声が小さいっ。もう一度っ」
「サーイエッサー」
「よろしい。ラティーファ・ラフマーン。君は昨晩のうちに、今の不安や不満を全部吐き出した。そうだな?」
「サーイエッサー」
「かと言って、いつまでも泣いてばかりいる訳にもいかない。それもわかるな?」
「サーイエッサー」
「君には、ミッドラントCEOから、留学の話が来ていて、それを受けることになっているな?」
「サーイエッサー」
「思いっきり新しい色々なことを学んで来い。これは命令だ。わかったか?」
「サーイエッサー」
「色々学んできて、それでもあの旦那さんがいいってのなら、あたしは何も言わん。構わないから、あたしじゃなくて、旦那さんを押し倒してこい」
「さぁいえっ、じっ、ジラネざ~ん」
またも泣きだしたラティーファはシラネに抱き着いた。
「わわわ、馬鹿っ、押し倒すのはあたしじゃないって、言ったろうが」
「ジラネざ~ん。だいすき~」
シラネは小さな溜息をつくと、苦笑した。
「ラティーファちゃん。留学しな。そして、困ったことがあったら、何でも相談しな。あんたには『有能美人秘書』がついてるんだから」
「有難う。有難う。ジラネざ~ん」
◇◇◇
やがて、ラティーファは泣きに泣いたことが、なかったかのように、駐在所の外を颯爽と歩いていた。北の山脈から吹く風は身を切るように冷たかったが、何だかそれが心地良かった。
「おつかれさま」
ミラーはシラネに声をかけた。
「いやー、まだ10代のパワーって色んな意味で凄いですね~。さすがのあたしも疲れましたよ」
シラネは苦笑した。
「いや、私は軍事訓練を受けたことがないので、シラネさんの指導凄いと思いましたよ。私にはあれは出来ない」
「えっ? 聞いてたんですか? 趣味悪いな~」
「はっはっはっ、あんだけ大きな声出せば、聞こえますって。でも、凄い指導でしたよ。ラティーファ立ち直ってくれたようだし」
「それを言うなら、ミラー社長の演説の方が凄いですって。ミッドラントCEO譲りでカリスマ性があって」
「いえいえいえ。貴方の方が凄いですって」
「いえいえいえ。貴方の方が」
「いえいえいえ」
「いえいえいえ」
(この二人って、ひょっとしてバカップルってやつですか?)
長老はそんなことを思った。




