32 士気は高いですよぉ~
初めは、ラティーファが拠点の外に出たことに誰も気付かなかった。
だが、彼女が旦那さんが戦っているところに近づき、大事に握りしめた「柄」を抜刀すると、旦那さんも黒ずくめの男たちもそれに気付いた。
ラティーファは抜刀したレーザーセイバーを中段に構えると、力の限り叫んだ。
「さあっ、こっちにもレーザーセイバー使いがいるよっ! かかって来なさいっ!」
ラティーファは全身に冷や汗をかき、手足はがたがた震えていた。
それでも、両足をしっかり踏みしめた。
旦那さんはすぐ気付いた。
(あれは…… 俺が戦ったとかいうハリルが持ってたというものを、長老が研究用に保管してたものだ。なんて無茶を……)
だが、黒づくめの男の斬撃は止まず、ラティーファの方には向かえない。
もう一人の黒ずくめの男は激高した。
「おんな~っ」
「そいつはなぁ、素人が簡単に持ち出して、いいもんじゃねぇんだよっ!」
そう叫ぶと、ラティーファの方に突進した。
(くっ)
旦那さんと対峙している黒づくめの男はレーザーセイバーの力勝負に持ち込み、救援に行かせまいとする。
(畜生。何をやってるんだ俺は。非戦闘員のラティーファに余計な心配をかけて、あんなことまでさせてっ)
旦那さんのそんな悔しい思いを知ってか知らずか、もう一人の黒ずくめの男の斬撃は、ラティーファに迫らんとしていた。
◇◇◇
どぉっ
もう一人の黒ずくめの男は不意に倒れた。
ラティーファの真後ろでは、坊っちゃんが左手で汗を拭いていた。
「間一髪間にあったね」
もう一人の黒ずくめの男の額は、坊っちゃんのレーザーブラスターで射抜かれていた。
「ふぃーっ」
坊っちゃんは倒れ込んだ。
「坊っちゃんっ」
ラティーファは、坊っちゃんに駆け寄った。
「坊っちゃんっ、坊っちゃんっ、ごめんね。あたしが無茶したから」
そんなラティーファの声に、坊っちゃんは微笑して、答えた。
「何言ってるの。お姉ちゃんが黒ずくめの男を挑発して、頭に血を昇らせたから、僕が撃てる隙ができたんだよ。それより、お姉ちゃん」
「何? 何? 坊っちゃん?」
「拠点の中では、冷たいことを言ってごめんね。僕の勇気が足りなかったんだ」
「そ、そんなこと……」
坊っちゃんは既に気を失っていた。
「坊っちゃんっ、坊っちゃんっ」
「ラティーファ」
ラティーファの後ろには、長老が立っていた。
「おじいちゃんっ」
「安心しなさい。坊っちゃんは、精神力を使い果たして、眠っているだけだ。それより」
長老は、旦那さんを指差した。
「こうなった以上、旦那さんは『チャージオン』を使うぞ。そうなると、坊っちゃんが眠っている今、記憶を失った旦那さんを、連れ戻せるのは……」
ラティーファは大きく頷いた。
「あたししかいない」
「そうだ。しっかり見守りなさい。旦那さんの戦いを」
◇◇◇
「貴様らぁ。よくもやってくれたなぁ」
残った黒ずくめの男は激怒した。
「そいつぁ、こっちのセリフだぜ」
旦那さんも応じた。
「確実な勝利のための合理性だぁ。それがうまく行かないと、逆ギレか? みっともないと思わないのか?」
「うるさいっ!」
黒づくめの男は旦那さんに強烈な斬撃を加えた。
がっちり受け止めた旦那さんは、ほくそ笑んだ。
「いいね。いいねぇ。やっぱり勝負は強い奴との一騎打ちに限るわ」
「ほざけっ!」
黒づくめの男の斬撃に、更に力がこもる。
「来た来た来たぁ~。次で行くぞっ」
旦那さんは、大きく間合いを取り、助走をして、大上段に構えて、レーザーセイバーを振り下ろした。
「チャァァァァジィオォォォン」
辺り一面、真っ白な光に包まれた。黒ずくめの男は光の中に溶けていき、今度は再び姿を現すことはなかった。
◇◇◇
真っ白い光が徐々に晴れてくる。ラティーファは身構えた。
「さぁて、これからが、あたしの仕事だよ」
記憶を失い、戦場に佇む旦那さんを見つけると、ラティーファはミラーがやったように、後ろから羽交い絞めにした。
記憶を失い、茫然としている旦那さんを捕まえるのは、じたばた抵抗したシラネの時より、容易だった。
「アメル、ムラト。後はお願い」
「はい」
ラティーファは残った攻撃軍の対処を、「砂の惑星治安回復部隊」の残留組に依頼した。
敵も主戦力たる黒ずくめの男二人を失っていたが、味方も旦那さんと坊っちゃんが戦力として、使える状態にない。
アメルとムラトは緊張して、銃剣を握りしめた。
◇◇◇
だが、それは長く続かなかった。
コンテナを積んだトラックが次々に戦場周辺に到着し、左右に開いた扉から多くの兵士たちが飛び出して来た。
そのうち、一人が大音声で、名乗りを上げた。
「第12拠点のみなさん、お待たせしました。僕たちは『援軍』です。僕は指揮官の第8拠点首長シナンです」
「『有能美人秘書』のシラネもいますよぉー」
第12拠点からは大歓声が上がった。
攻撃軍からは大きな溜息が漏れた。
更にシラネがアナウンスする。
「攻撃軍のみなさま、私がお連れした兵の方々は、第6第7拠点が陥落した時、第12拠点にいる旦那さんに、自分や家族の命を救われた人たちです。士気は高いですよーっ。戦わない方がいいですよーっ」
攻撃軍内部で、ざわめきが広がる。
シラネのショーは続く。
「では、攻撃軍のみなさんが武器を捨てて、投降しやすいよう、デモンストレーションを行いましょうっ! シナン君っ、お願いしますっ!」
「はいっ、シラネさんっ」
元気の良い返事と共に、シナンは左腕を中空に向けた。
ズガガガーン
轟音と共に、レーザーガンは発射された。
その音と共に、攻撃軍の大半は、武器をその場に残し、両手を上げて、投降して行った。
◇◇◇
「シラネさんっ、シナン君っ」
右手で記憶喪失の旦那さんの左手を引っ張り、ラティーファは笑顔で二人の下を訪れた。
「ラティーファちゃん。無事で良かった。議長と坊っちゃんも無事かい?」
シラネの問いに、ラティーファは笑顔を崩さず、答えた。
「ええ。おかげさまで。助けてくれて有難うございます」
「あー、で、旦那さんは、また、記憶喪失かい?」
「ええ。でも、今回で2回目だし、また、一から覚えさせますよ。へへへ」
(まるで世話好き女房だねえ)
シラネは内心そんなことを思った。
「ラティーファちゃん」
今度はシナンが声をかけた。
「シナン君。助かったんだ。良かった。本当に。シラネさんが助からないなんて言うもんだから」
ラティーファの言葉に、
「あたしは『普通じゃ』助からないって、言ったんだ。見ろ。シナンの体」
シラネは、シナンの左腕をラティーファの目の前に突き出した。
「えっ、これは? 『レーザーガン』が腕になってるの?」
「ああ、シナンの体の何割かは、もうサイボーグだ。サイボーグ化を嫌う人も多いが、シナンは自分からサイボーグにしてくれって、言ったんだぞ」
「だって、その方が強くなれるからね。あっ、そうだ。ラティーファちゃんに謝らなければならないことがあるんだ」
シナンの言葉に、シラネはギクリとした。




