30 こいつぁ骨だぜ
「このままでは突破される。あたしも前線に出ます」
ツナギのような戦闘服に着替えたシラネが駆け出していく。
「シラネさん。ご武運を」
ミラーは祈るような思いで、送り出した。
(本当はまだ時間帯的に、切り札であるシラネさんを送り出したくない。もう少し温存していたい。だが、戦況が……)
ミラーは、臍を嚙む思いで悔しがっていた。
◇◇◇
「あたしが前に出て、白兵戦をする。貴方たちはそのまま射撃とダイナマイト投擲を続けてっ」
「えっ、それでは弾丸がシラネさんに当たります」
兵の質問に、シラネはウィンクして、答えた。
「貴方たちの弾丸は全部避けちまうよ。『有能美人秘書』を舐めるんじゃないよ」
シラネは、旦那さん直伝の水平斬りで狂信的暗殺者を倒していく。
兵の士気は上がった。
黒づくめの男は静かに戦況を見守っていた。
(やるな。これでは突破する前に、狂信的暗殺者は壊滅するかもしれん。しかし……)
黒づくめの男は、ほくそ笑んだ。
(ミッドラント駐在所は切り札を切って、この状態だ。こっちはまだ切り札が出ていない)
(女。狂信的暗殺者を片付けて、疲れ切った状態で、一度、倒せなかったこの俺を倒せるというのかな?)
黒づくめの男は、不気味に笑い続けた。
◇◇◇
ミッドラント駐在所と第12拠点で、先鋒の狂信的暗殺者が壊滅したのは、ほぼ同時刻だった。
夜は白み始めていた。
そして、シラネも旦那さんも、肩で息をしていた。
ミッドラント駐在所と第12拠点と第10拠点の正規部隊が対峙する中、黒づくめの男たちは、ゆっくりと腰を上げた。
「さあて、前座の出番は終わったか。ショーはメインに入るな」
黒づくめの男たちは、シラネも旦那さんに向けて、歩き始めた。
◇◇◇
ミッドラント駐在所では、シラネが黒づくめの男と対峙していた。
「ふっ。一度は勝てなかった相手に、そんな疲れ切った身体で、もう一度、挑もうという根性にだけは、敬意を表してやる」
黒ずくめの男の呼びかけに、シラネはしれっと答えた。
「『物事、何でもやってみねぇとわかんねぇ』という偉い人の言葉を知らねぇのか?」
「ほう。知らないな。誰の言葉だ?」
「教えてやるっ! あたしの死んだ親父だよっ!」
シラネはレーザーセイバーを抜刀した。
それは眩しい程の輝きを見せた。
黒ずくめの男も抜刀した。
それは鈍く光っていた。
「ははは。凄いな女。今にもチャージオンしそうじゃないか。ようし、相手してやる」
レーザーセイバー同士のぶつかり合いが始まった。
◇◇◇
「逆にここまで、ヒキョーに徹してくれると、すがすがしいわ」
黒ずくめの男と相対した旦那さんは、そう言い放った。
「誉め言葉と受け取っておこう」
黒ずくめの男は言った。
「より確実に勝利をものにするための合理性と言って貰いたいね」
もう一人の黒ずくめの男は言った。
そう、旦那さんと相対する黒ずくめの男は二人いたのだ。
「おかげでよう、もう、こっちはビンビンだぜ」
旦那さんは、煌煌と輝くレーザーセイバーを見せつけた。
「それは良かった。我らの力を認めてくれたということだな」
黒づくめの男は言った。
「これで、俺たちも心置きなく、貴様を倒せるわ」
もう一人の黒ずくめの男も言った。
(チャージオンすれば、一人は倒せるだろう。だが、その瞬間、記憶喪失になっちまう。そうすれば、もう一人が俺を倒す。くそっ、悔しいくらい、ドラスチックで合理的だわ)。
旦那さんは、レーザーセイバーを中段に構えた。
黒ずくめの男二人もそれぞれレーザーセイバーを中段に構えた。
(一回のチャージオンで二人いっぺんに倒すしかない。だが、そんなこと出来るのか? 向こうも当然、それを予想して来ているだろう)
一人目の黒ずくめの男が旦那さんに斬撃を加える。
旦那さんは、それを受け止めると、素早くレーザーセイバーを敵のそれと引き離す。
二人目の黒ずくめの男の斬撃は、旦那さんを待っていてはくれない。
旦那さんは、それも辛うじて受け止め、レーザーセイバーを引き離しにかかる。
だが、二人目の黒ずくめの男は、引き離せまいとする。
旦那さんは、それを強引に引き離す。
そこにはもう、一人目の黒ずくめの男の斬撃がすぐそこに来ている。
(こいつぁ、骨だぜ)
旦那さんは内心嘆いた。
◇◇◇
二対一の決闘は、攻防両軍の注視の下、展開された。
ラティーファは、たまらず坊っちゃんに声をかけた。
「二対一だなんて、坊っちゃん、何とかならないの?」
坊っちゃんは、しばしの沈黙の後、口を開いた。
「ごめん。お姉ちゃん。僕ではどうにも出来ない」
「そんな。坊っちゃんだって、レーザーブラスターをあんなに使いこなしているじゃないのっ」
坊っちゃんは、静かに続けた。
「お姉ちゃん。何で僕の武器はレーザーセイバーじゃなくて、レーザーブラスター何だと思う?」
「え?何でって、何で?」
「僕はまだ体が小さい。だから、レーザーセイバーを持っても、打ち合う前に、体格差で圧倒されちゃうんだ」
「……」
「だから、僕が接近戦をしても、勝てないんだ」
坊っちゃんは、うなだれた。
ラティーファは、激しく後悔した。
(あたしは何をやってんだ。自分だって何も出来ないくせに、こんな小さい子に頼ろうとして)
(!)
次の瞬間、何かを思いついたラティーファは、拠点の武器庫に向かった。
◇◇◇
進展が早かったのは、ミッドラント駐在所の一騎打ちの方であった。
(くっ)
打ち合いを重ね、シラネにはわかってきた。
(やはり、黒ずくめの男はチャージオンして、攻撃力を最大にしないと勝ち目がない。だけど……)
(チャージオンしても倒せなかったら……)
この男によって、ミッドラント駐在所の者は皆殺しだろう。
(それでも、あたしはやるしかない。全精神力を込めて)
レーザーセイバーを握る手により一層力を込め、助走距離を更に長くとり、大上段に構え、突進した。
「チャァァァァジィオォォォン」
シラネは掛け声と共に、強力な斬撃を黒ずくめの男に加えた。
真っ白い光の柱が天空に昇り、黒づくめの男は声もなく、光の中に溶けていった。




