28 ハーレムエンドだぁ~と言わんばかりのこれは
駐在所の後方の宙港では、航宙機がひっきりなしに離着陸している。
更なる援助物資の輸送と重傷者の他星系への搬送で、おおわらわなのだ。
そして、それは、いよいよ大きな足音と共にやってきた。
◇◇◇
「やっと来ましたね」
ミラーは、その言葉と共に目を見張った。
その光景は、難民たちの行進ということを差し引いても、異様だった。
先頭では、真っ黒な髪の毛と髭が異様に伸びた旦那さんが、蠅でも追い払うかのようにレーザーセイバーを振り回している。
旦那さんの周りには、数多くの女性たち。若い人が多いようだ。
その後ろには、高齢者と子どもたちがついて来ている。
両サイドと最後方は、敗残兵たちが、銃剣を持って、ガードしている。
◇◇◇
しばらくその光景を眺めていたミラーは、隣にいるシラネに問いかけた。
「シラネさん。何でしたっけ? 地球の古典で、指導者が海を割って、民衆について来させるのは?」
「ああ、『旧約聖書』のモーセですね」
「そう。それみたいですね」
「いえ。所長。お言葉ですが、旦那さんは……」
シラネはいったん言葉を切った。
「そんないいものでは、断じてありません」
「ははは。そうですか」
ミラーは苦笑した。
「それにしても、シラネさん」
ミラーは次の質問に移った。
「はい」
「『偵察局』って、ああいう人が多いのですか?」
「いえ。所長。お言葉ですが……」
シラネは、再度、いったん言葉を切った。
「『偵察局』は、変人の巣じゃありません。ああいうのは、旦那さんだけです」
「ははは。そうですか」
ミラーは、再度、苦笑した。
◇◇◇
旦那さんが誘導した難民たちはついにミッドラント駐在所に到着した。
疲れ切った難民たちは、敷地内に座り込んでしまった。
難民には、駐在署員から食糧と医療品が配給された。
他の星系から、呼び寄せた医師たちによる診察も始まっていた。
そんな中でも、女性陣たちは旦那さんのそばを離れようとしなかった。
ミラーは所員の一人に指示を出した。
「この光景の写真をたくさん撮影して、公表して下さい。第12拠点が『侵略者』ではない証拠の写真をね」
所員は「はい」と返事をすると、撮影を開始した。
「ふふふ。面白いことになりますよ。色々な意味でね」
ミラーは、一人、ほくそ笑んだ。
◇◇◇
「わぁっはっはっはっ。こいつぁ、傑作だ」
ミラーからの全体送信に添付された写真を見た長老は爆笑した。
「『侵略者』であるはずの第12拠点の者が、第6第7の難民を助けて、ミッドラント駐在所まで誘導。難民たちは口々に感謝の言葉を述べているだと」
長老は、話し終わると、また笑い出した。
よほど、痛快だったのだろう。
「本当だ。旦那さん、ただ、道草喰って、戦闘してきた訳じゃなかったんだね」
写真の画面を覗き込んだ坊っちゃんも同意する。
「全く。これでは私との約束を反故にして、『偵察』だけでなく、『戦闘』してきたことを責める訳にはいかないね」
長老が、坊っちゃんと和やかに話していると、不意に背後から強い怒りの波動を感じた。
「これは、一体、どういうこと?」
「あ」
長老と坊っちゃんは同時に気が付いた。
「ラ、ラティーファ。あ、あの写真見たのか?」
慌てる長老。
「見ましたとも」
力強く答えるラティーファ。
「ま、まあ。旦那さんも例によって、『戦闘』に巻き込まれて、こうなった訳だし、多くの人の命が助かった訳だし……」
長老が弁解を始めると、ラティーファは一喝した。
「そんなことを言っているじゃありませんっ!」
それからは止まらなかった。
「『戦闘』するなって言って、『戦闘』して、帰りが遅くなっても、今更、怒りません。どうせ、ああいう性質だし……」
「……」
長老と坊っちゃんは、固唾を飲んで、見守っている。
「だけどっ! この『写真』は何っ?」
(来たあぁ)
長老と坊っちゃんは緊張した。いよいよ核心に触れるっ!
「何? この『写真』? まるで、『ラッキー! 頑張って戦ってきた甲斐があった~。ハーレムエンドだぁ~』と言わんばかりの『写真』はっ!」
更なる怒涛の言葉の嵐に、長老と坊っちゃんはひたすら耐えた。
坊っちゃんは、ぽつりと長老に問うた。
「ねぇ。何で僕たち、こんなに怒られてるんだろ?」
長老も、ぽつりと返した。
「すまん。坊っちゃん。耐えてくれぃ」
◇◇◇
「くそっ」
第10拠点の居室で、マフディは怒鳴り声を上げていた。
「本当に、アブドゥルのじじいもそうだが、あのエリート野郎も喰えない奴だ」
「怒鳴ったって、仕方あるまい」
三人いる黒ずくめの男のうちの一人は冷たく言い放った。
「もう、正義の味方でいるのは、諦めるんだな」
二人目の男も冷たく言い放った。
「後は力技で決めるしかない。腹を括れ」
三人目は促した。
「…… 分かった」
マフディは静かに返した。
「そう嘆くな。悪いことばかりではない。旦那さんが難民全部連れて行ってくれたおかげで、こっちは時間が稼げた。喰いっぱぐれの野盗どもを受け入れて、『洗脳部隊』が補充できた」
一人目の男は冷静に言った。
「これで最後の攻勢をかける兵力は出来た。ミッドラント駐在所と第12拠点を攻める兵力がな」
二人目の男も冷静に言った。
「マフディ。何故、ハサンはこの惑星の覇者になれなかったと思う?」
三人目の男は、けしかけた。
「何故だ?」
マフディは、また、静かに返した。
「中途半端な情をかけたからだ。弟のハリルが最初に失敗した時、二度目の機会など与えず、とっととAI対応VR施設 と契約してしまえば、良かったのだ。そうすれば、豊富な外貨で兵器も傭兵もいくらでも買えたのだ」
三人目の男は、問い返しに淡々と答え続けている。
「……」
「マフディ。おまえは幸運だ。本当ならハサンがなっていたはずの、この惑星の覇者になれるのだ」
「そのためには、情を捨てろ。ミッドラントも第12拠点も皆殺しにしてしまえ。心配するな。ミッドラントは実業家だ。駐在員を皆殺しにすれば、株主を気にして、この惑星へ、これ以上の投資は出来なくなる」
「分かった。指示通り、明日、日没後から、ミッドラント駐在所と第12拠点に総攻撃をかける」
マフディは決意を固めた。




