27 怒んないでくださーい
「何これーっ」
受信した通信内容を見たラティーファは大声を上げた。
「第10拠点・マフディ:第12拠点は、当拠点及び第7拠点への攻撃を頑なに否定してきたが、この度、その主張が虚偽であることが判明した。その証拠写真を公表する」
写真には旦那さんらしき男が写っていた。一枚などレーザーセイバーを振っている。
「あの馬鹿。あれほど『戦闘』はするなと言っといたのに。それに何時になったら帰ってくるの?」
怒るラティーファを長老は宥めた。
「まあまあ、何か事情があったんだろう」
ラティーファの矛先は長老に向かった。
「おじいちゃんはそれでいいの? あたしより『戦闘』するなって、言ってたのに」
長老は苦笑した。
「まあそうなんだが。旦那さんがそう言って、その通りにすると思うか?」
通信士が言葉を挟んだ。
「新しい通信が届きました」
「今度は何?」
ラティーファが覗き込む。
「第10拠点・マフディ:第12拠点の策謀により、『航宙機工場防衛隊』は壊滅状態にされてしまった。許しがたい侵略行為である。ハサンに代わるこの惑星の独裁者に対抗するため、『砂の惑星革命隊』を作ることにした。既に多くの有志が集まっている。この惑星の未来を憂う者は第10拠点に参集されたい。大歓迎する」
「全く失礼だね。いつの間に、第12拠点が侵略者にされてる訳? おまけに、『防衛隊』の次は『革命隊』だって」
ラティーファは更に怒ったが、長老は腑に落ちないようだった。
「わからん。『防衛隊』の時は、航宙機工場の誘致という大義名分もあったが、あっちの方が多数派だった。だから、人も集まった。だけど今度は……」
「今度は?」
「第12拠点を侵略者に仕立て上げて、大義名分を得るまではいい。だが、第12拠点が第7拠点を攻め落とせるまで強いとなると、怖がって人も集まらんだろう」
「それはそうね」
「また、何か裏があるのだろうが、わからん。皆目、見当もつかん」
「どうするの? おじいちゃん」
「うーん。敵の狙いがわかるまで、動きは取れない。それに、旦那さんも帰って来てないしなぁ」
「そうだっ! 坊っちゃん、旦那さんどこにいるかわからないの?」
ラティーファの急な質問に、坊っちゃんは首を捻りながら、答える。
「うーん。わかんない。生命反応があることはあるから、生きてはいる。物凄く生命反応が強い訳じゃないから、チャージオンはしていない。分かるのはそれだけ」
「はぁ」
ラティーファは溜息をついた。
◇◇◇
旦那さんが先頭を歩く難民たちは、第6拠点にさしかかった。
そこには疲れ切った表情で、座り込んでいる第6拠点の難民たちがいた。
第7拠点の難民たちは、口々に旦那さんの活躍ぶりを伝え、共にミッドラント駐在所を目指すことをしきりに勧めた。
第6拠点の難民たちは、既に容貌魁偉と化していた旦那さんに一度は引いた。
しかし、それはそう長くは続かなかった。
その場に取り残された狂信的暗殺者たちが、難民たちに気付き、襲いかかったからである。
旦那さんはいつものように、難民たちの前に躍り出、おもむろに鈍く光るレーザーセイバーを抜刀し、水平に払った。
狂信的暗殺者たちは、ばたばたと倒れていく。
だが、倒れきれず、旦那さんに斬りかかるのもいる。
「おいっ」
難民の中の誰かが叫んだ。
「俺たち、このまま、旦那さんに頼りきりでいいのかっ?」
別の誰かが叫んだ。
「いい訳がないだろうっ」
「そうだっ、銃剣を持っている奴は隊列を組もう。あの赤い眼をした化け物を一人でも多く、俺たちも倒すんだっ」
「おおっ」
敗残兵たちは隊列を組み、狂信的暗殺者を射撃し始めた。
初めは第7拠点の敗残兵だけだったが、一人また一人と第6拠点の敗残兵も加わっていく。
今までよりずっと早く、狂信的暗殺者は全滅した。
難民たちからは今まで以上の大歓声が上がった。非戦闘員はすぐに戦闘員たちの傷の治療を始めた。
中でも多くの非戦闘員、ことに若い女性陣は争うように旦那さんの傷の治療を始めた。
その中の、一人の若い女性は治療しながら、身の上話をする。
「私、正直、自分のところの首長嫌いでした。何か荒っぽくて、口も悪くて」
「……」
「でも、私たちの第6拠点が攻撃された時、首長ワリードは、自ら銃剣を持って、あの赤みを帯びた眼をした化け物の群れの中に飛び込んで行ったんです」
「……」
「最期は体中切り刻まれ、やっと立っていたところを、化け物と相討ちになって、死んで行きました」
「……」
「それで、やっと分かったんです。この人はこの人なりに私たちのこと、考えてくれてたんだって」
「そう…… でしたか」
旦那さんは、それ以上、何と言っていいか、見当もつかなかった。
「でも、首長が死んでしまって、私たち、これから先どうしたらいいんだろうって、本当、わからなくて、そうしたら、第7のみなさんが一緒にミッドラント駐在所に行こうって、言ってくれて……」
若い女性はだんだん涙声になっていった。
「でも、赤みを帯びた眼をした化け物はまだたくさんいるし、大丈夫かなと思っていたら、貴方があの化け物退治してくれて」
若い女性はついに号泣し始めた。
それに呼応して、第7拠点の女性たちも旦那さんにすがりついて泣いて話し始めた。
「うんうん。つらかったよね。でも、もう大丈夫。一緒にミッドラント駐在所に行こう」
かくして、旦那さんに何人もの若い女性がすがりつき、号泣する構図が出来上がった。
「えーと」
旦那さんは次に何を言ったらいいのか、何をやったらいいのかさっぱりわからず、ただ、硬直していた。
しかし、不思議と悪い気分ではなかった。
あることが起こるまでは。
それは突如起こった。
旦那さんの脳裏に、般若の形相をしたラティーファが浮かんで来たのだ。
「うわーっ、わわわわっ、怒んないでくださーい」
旦那さんは叫び声を上げて、飛び上がった。
「あ、ごめんなさい。傷に触れてしまいましたか? 痛かったですか?」
女性陣の問いに、旦那さんは、
「いえ、いえ、いえ、何でもないです」
と答えるだけだった。
◇◇◇
ミラー所長は、駐在所の前に立ち、それを待っていた。
もちろん、隣にはシラネが控えている。
第6第7拠点の難民が駐在所に向かっているという情報は、すぐミラーの耳に入った。
即座に非常保管庫の開錠を命じ、食糧と医療品を大量に取り出させた。
また、難民たちにトラックを使ってのピストン輸送を申し出た。
しかし、難民たちは厚意に感謝しつつも、それを断った。
みな、旦那さんと一緒に歩いて、駐在所に向かうことを望んだのである。
かくて、重傷者のみ、トラックで運ばれることになった。




