25 やーいやーい。当てが外れたろう
モフセンは苛立っていた。
入ってくる受信内容は大きく分けて、2つしかない。
1 攻撃者が第12拠点であるとは考えにくい
2 援軍は出せない
である。
モフセンは部下を怒鳴った。
「おいっ、お前ら、どういう状況なんだ。本当に敵は第12なのか?」
「はっ、戦況は極めて劣勢です。敵は赤みを帯びた眼をした連中を前面に押し立てて来ています。こいつらが射撃や斬撃を受けて、腕や足が吹き飛んでも、こちらへの突撃を止めません。こちらの防衛隊員は恐慌を来し、遁走する者が相次いでいます」
「……」
「その後ろに正規部隊らしき連中がいます。今のところ、こいつらは戦闘に参加していません。その中に全身黒づくめの指揮官らしき者がいて」
「……」
「そいつが自分たちは第12拠点の者であると主張しています」
「そうか……」
モフセンはそう呟くと、しばし、沈黙した。
やがて、立ち上がると、指示を発した。
「接近戦は避け、距離を取って射撃しろ。敵が腕や足を無くしても、突っ込んで来るなら、頭を狙え。
また、爆薬があるなら、それで出来るだけ多くの敵を倒せ」
「はっ」
「それから、非戦闘員は出来るだけ逃がせ。逃げる先は第10拠点だ。あそこなら受け入れる筈だ」
「はっ」
「俺はもう一度、停戦できないか、交渉してみる」
「はっ」
もう一度、一斉送信は送られた。
「第7拠点・モフセン:アブドゥル議長。当拠点は陥落の危機に直面している。この攻撃を企図したのが貴方なら、全面降伏する。攻撃を中止してほしい。貴方が攻撃したのではないと言うのなら、援軍を送ってほしい」
別の一斉送信もすぐに送られた。
「第6拠点・ワリード:当拠点も危うい。降伏するから、兵を引いてくれ。自分のところでないと言うなら、その証拠に援軍をすぐ送ってくれ」
◇◇◇
「敵でない証拠に援軍を出せ~? よく、こんなことが言えたもんだね」
ラティーファは呆れていた。
「まあ、そこまで追い詰められているってことだな」
長老はそう話すと、新しい一斉送信を発した。
「第12拠点・アブドゥル:繰り返し言うが、当拠点は攻撃部隊を出していない。従って、降伏も要求しない。援軍は検討する余地はある」
「さて」
長老は、旦那さん、坊っちゃん、そして、ラティーファの前に向き直した。
「この事態を『いい気味だ』だと、ただ笑って見ている訳にはいかない」
「……」
「知ってのとおり、第6第7を攻撃している者の正体が不明だ。下手をすると、今日の第6第7は、明日の自分たちだ」
「……」
「旦那さん、ミッドランド駐在所からも依頼もあったし、第6第7そして第10拠点もだ。偵察をお願いしたい」
「了解ですっ」
旦那さんは満面の笑みで、頷いた。
「ねえねえ。僕は?」
坊っちゃんは長老に食らいつくように、質問する。
「まさか、また留守番~?」
抗議する坊っちゃんを長老は宥める。
「まあまあ、坊っちゃんがこの拠点を守ってくれるから。旦那さんも外へ出られるんだよ。みんな、坊っちゃんのおかげなんだよ」
「仕方ないな~。もう」
坊っちゃんは不承不承頷いた。
「おじいちゃん、いいの? 敵の罠って、可能性も無くなった訳じゃないんだよ」
懸念するラティーファを長老は諭す。
「それはこれから話すよ。いいですか? 旦那さん」
「はい」
旦那さんは畏まる。
「貴方にお願いすることは『偵察』であって、『戦闘』じゃありません。まず、それを理解して下さい」
「うっ。はい」
いきなり先制パンチを喰らった感で、旦那さんは慌てる。
それを見て、くすりと笑ったのは、もちろん、ラティーファである。
「極力、敵に見つからないように。当然、極力、戦闘は回避して下さい。いいですね?」
「は、はい」
「相手が強そうでも戦っちゃ駄目ですよ。その時は逃げて下さいね」
「はっ、はっ、はっ、はいーっ」
後ろでラティーファは爆笑していた。
(やーいやーい。当てが外れたろう。さすがおじいちゃん、見事に釘を刺したね)
「『援軍』で行くんじゃありません。敵の正体を確かめに行って下さい。だから……」
「……」
「第6と第7拠点が陥落するのは、当然のことなんです」
ラティーファの笑いは止まった。
どちらかと言うと、「情熱的」「人情的」であると思っていた祖父のドラスチックな一面を垣間見た気がした。
「では、行ってきます」
すっかり冷静になった旦那さんは静かに第12拠点を出発した。
「あんた、『偵察』だからね。『援軍』じゃないよ。間違ってもチャージオンなんかした日には承知しないよ」
ラティーファの言葉に、旦那さんは、
「へいへい」
とだけ、答えた。
(少し言い過ぎたかな? でも、無茶されても嫌だし、チャージオンされて、記憶を失われるのも、やっぱりすごく嫌だし)
ラティーファの中は色々な思いが、駆け巡っていた。
◇◇◇
旦那さんは、長老から貸与されたバギーに乗り、偵察に乗り出した。
(「偵察」てぇのは、移動用具は小さいに越したことはない。バギーも結構小さいが、黒づくめの男が使ってやがった、あの空飛ぶセグウェイ! ありゃいいなぁ。何とか獲って来れないかなぁ)
旦那さんはそんなことも考えていた。
第12拠点を出発すると、最も近いのは第10、そして、第7、第6の順である。
ここは定石通り、近いところから偵察しようと考えた。
そして……
(いる!)
旦那さんは直感した。
あの黒づくめの男だ。
第10拠点にいる!
第10拠点では戦闘は発生していない。となると……
内部的に乗っ取られたか、第10拠点と黒づくめの男は既に密接な関係にあったかはわからない。
だが、第10拠点はもはや直接的か間接的か、わからないが、黒づくめの男の支配下にある!
不意に少し離れたところに停めてあったトラックに積んであるコンテナのサイドの扉が左右一遍に開いた。
「!」
そこから飛び出して来たのは赤みを帯びた眼をした男たちの部隊だった。
赤みを帯びた眼をした男たちの部隊は射撃しながら、旦那さんに向けて、突撃してくる。
「ちいっ」
旦那さんは舌打ちした。
(あれほどの奴だ。こっちが気付いてるんだから、あっちも気付いていると、勘付くべきだった。失敗した)
旦那さんは、慌ててバギーに戻り、急発進させた。
赤みを帯びた眼をした男たちの部隊は当然遠距離射撃してくるが、そんなものに当たる旦那さんではない。
黒づくめの男は軍用双眼鏡で旦那さんの姿を伺っていたが、部下に尋ねた。
「どうだ? 奴の姿は撮れたか?」
「はい。ですが、何とも動きの早い奴で、ぶれたものしか撮れなかったのですが……」
「どれ見せてみろ。うん。ぶれてるくらいが現実味があっていい」
黒づくめの男は上機嫌で更に部下に命じた。
「この写真を加工して公表しろ。第12拠点が第10拠点を攻撃した証拠写真だ」




