23 はいっ そこまで
玄関から堂々と姿を見えたミラーに防衛隊からは、どよめきの声があがった。
(出てこないだろうな)
そういう予想が支配的だったからだ。
だが、モフセンとワリードは別のことも思った。
(あの女も一緒かよ)
そう、ミラーの脇にはシラネがしっかり控えていたからだ。
(あの女は苦手だ。だが、そんなそぶりを見せる訳にはいかん)
モフセンとワリードは緊張した。
シラネはシラネで警戒していた。
唯一、自分が倒せなかった黒づくめの男、あいつは来ているだろうか。今のところ気配はないが。
もし、来るつもりなら、このあたしにして、勝つのは難しい。
シラネの脳裏には、何故か旦那さんの顔が浮かんだ。
ばばば、馬鹿。何考えてんだ、あたしは、どんなにきつくても自力で切り抜けるしかないに決まってるじゃないか。
シラネは気合を入れ直した。
◇◇◇
「はじめまして。駐在所長のミラーです」
シラネが思い悩んでいる間、ミラーは先に挨拶した。
「『航宙機工場防衛隊』総司令官モフセンだ。第7拠点首長もやっている。今日はここを防衛するため来た」
「はて? 航宙機工場はまだ出来上がっていませんが」
モフセンは苛立ちながら言った。
「航宙機工場は出来てなくても、こないだの狙撃事件みたいなのが起こると困るだろう。だから、ここを守ってやろうというのだ」
「狙撃事件。あれはご心配おかけしました」
ミラーは冷静につづける。
「当社としても、今後あのようなことがないよう努めますので、もう、皆様のお手を煩わせることはありません」
ここで一拍置き、静かに、しかし、毅然として言った。
「お引き取りください」
◇◇◇
「てめぇ、黙って聞いてりゃ、調子に乗りやがって、『お引き取りください』だぁ」
ワリードが出てきた。穏やかなモフセンと強硬なワリードが交代で出てくることにより、交渉を有利に進めようという手筈である。
「こんな貧弱な建物で、護衛も門番くらいしかいない。これじゃテロリストに対応できねぇだろうが。
また狙撃事件が起こるぞ。てめぇ」
「……」
「そこを俺たち『防衛隊』が守ってやろうってんだ。普通は礼を言って、受け入れるもんだろうが」
「ふっ」ミラーはかすかに笑ったように見えた。
「あっ、てめぇ。馬鹿にしてんのか、ここで俺たちの力を見せてもいいんだぜ」
ワリードが右手を高く上げると、「防衛隊」は一斉に銃口をミラーに向けた。
ミラーはかすかな笑みを浮かべたままだった。
「なるほど。この短い間によくぞ鍛えましたね。まあ、経験者も多いのでしょうが」
◇◇◇
(全くどこの世界に「守ってやる」相手に銃口向ける「防衛隊」がいるんだか)
シラネは無表情のまま、呆れていた。
「シラネ君」
「はい」
「私が銃で狙撃されても大丈夫なところを見せてあげて下さい。多分、この人たち、実演しないと信じてくれないようですし」
「そうですか。それではっ」
シラネは右手で背からレーザーセイバーを抜刀した。それは鈍く光っていた。
「防衛隊」にはどよめきが走ったが、銃口を下げた者は一人もいなかった。
「さあ、どうぞ。存分にお撃ち下さい」
ミラーのあからさまな挑発に、ワリードは簡単に乗ってしまった。
「何だと。てめぇっ、後で後悔しても知らねぇぞ。撃て撃て」
「ば、馬鹿っ」
モフセンは慌てて止めたが、時や遅し、「防衛隊」は守るべき相手に発砲した。
もちろん、全ての銃弾はシラネのレーザーセイバー一閃と共に、瞬時に蒸発した。
防衛隊員たちは愕然とし、何人かの者は衝撃のあまり、銃剣を落とした。
「『守ってやる』というのは」
ミラーは再度口を開いた。
「より強い者が、より弱い者に言うべき言葉です。より弱い者がより強い者に言う言葉ではありません」
ここで、もう一度、一拍置き、より力強く言った。
「お引き取りください」
◇◇◇
モフセンとワリードは引き上げざるを得なくなった。
そして、「防衛隊」は明らかに人数を減らした。
先行きを見限る者が続出したのだ。
「モフセンさん」
ワリードは、からむように言った。
「俺たちゃ、じじいどもに馬鹿にされ、ミッドラントのエリート野郎に馬鹿にされ、このまま手詰まりなんすか?」
「…… まぁ、待て」
モフセンは何か思いついたようだった。
「何かいい手があるんすか?」
「まだ、わからんが……」
モフセンは何かを思い出そうとしていた。
「うんそうだ。以前、ミッドラント以外の企業から、うちの惑星に進出したいという相談があったことがある」
「そんなことがあったんすか」
「ああ、じいさんも気に喰わんが、あのエリート野郎はもっと頭に来たしな。帰ったら、すぐにでもそこの企業に連絡をとってみよう」
「それがいいっすね。じじいどもとエリート野郎をとっちめてやりましょう」
だが、それも既に遅きに失した一手だった。
◇◇◇
その晩の深夜、静かに軍用輸送機が、この惑星に侵入した。
その機種は明らかにシラネが降下した時のものとは違っていた。
その晩の軍用輸送機からは二人の黒づくめの男が降下した。
それもシラネの時とは違っていたが、二人の男は予定通りの降下地点に着地し、地上で待機していた黒づくめの男とすぐに落ち合った。
三人の黒づくめの男はしばしの時間、協議していたが、やがて、それぞれの目的地に向けて、散開していった。
◇◇◇
「こんな夜中にどこに行こうって言うのかな?」
真後ろにラティーファが立っていた。
「あんまり、同じパターンの使い回しは良くないと思うよ」
旦那さんは、釈明を始めた。
「敵……らしき者が出現しました」
「どんな敵が現れたって言うの?」
「えー、敵は、敵らしき者は」
旦那さんは釈明を再開した。
「空から降りてきた模様です」
「え?シラネさんの時と同じパターンじゃない。本当に敵?」
「敵かどうかは、行ってみないとわからないのであります」
「今度は何人で来たの? 大勢?」
「いえ、二人の模様です」
「二人かぁ」
ラティーファは考え込んだ。
「あんたたちといい、シラネさんといい、少数で乗り込んでくる方が性質が悪いってイメージがあるのよね」
「え? 性質悪いんですか? 俺ら?」
旦那さんは軽く落ち込んだ。
「まあまあ」
坊っちゃんが笑顔で取りなす。
ラティーファは不意に真剣な表情に戻る。
「で、どの辺に出たの? この近く?」
「えーと。ちょっと待って下さいね」
旦那さんは眼を閉じて、気配を探る。
「あー、第10拠点の近くですね」
「第10拠点ーっ」
ラティーファは大きな声を出す。
「この近くじゃないのね。おまけに第10の首長はおじいちゃんにケンカ売ってる奴じゃない。行く必要なしっ。と言うか行かないで」
「ええーっ」
旦那さんと坊っちゃんはハモリで異議を申し立てる。
「ええーっじゃないよ。こないだなんか、あんたたちが敵の別動隊に釘付けにされている間に、おじいちゃんとあたしは危うく殺されるところだったんだよ。シラネさんが来てくれたから良かったけど」
「まぁ、そんなこともありましたが」
「あんたたちの仕事はここの防衛でしょ。外へ出てケンカすることじゃないでしょ」
「それはそうでありますが、せっかく強いのが来てるのに戦わないのは、沽券にかかわるというか、強いのと戦えれば、レーザーセイバーももっと光るのにな~とか、もごもごもご」
「はい、それまでっ! とにかく、今回は一歩も外に出しません。敵がここに攻めて来てから、存分に戦って下さい」




