228 後日譚 旦那さん
ガラスの向こう側の病室で昏々と眠る旦那さん。見守る者たちもみな疲れ切っていた。
そこに神妙な顔をした医師が現れて、小さく頭を下げ、一言言った。
「いよいよご臨終です。私どもの力及ばず申し訳ありませんでした」
力なく崩れ落ちる見守る者たち。号泣するラティーファ、アナベル、エウフェミア、エウフロシネ。
やがて、シラネが意を決したように立ち上がった。
「みなさん、旦那さんを見守ってくれてありがとう。医師団の方々も全力を尽くしていただいて、お礼の言葉しかない。あたしからすると……」
「あっ」
「おいっ、あれっ」
シラネの挨拶が終わらないうちに、見守る者たちはざわめき始めた。
(何だよ。こっちの挨拶がまだ途中なのに……あっ!)
振り返ったシラネの眼に入ったのは、病床からむっくりと起き上がり、ガラス越しにこちらを窺う旦那さんの姿だった。
「馬鹿な。完全に生体活動を停止したはずだ」
仰天する医師。
だが、すぐに医師は冷静さを取り戻し、手元のマイクで旦那さんに呼びかけた。
「もしもし、旦那さん。聞こえますか? 聞こえていたら、右手を振って貰えますか?」
旦那さんは医師が右手と指示したにもかかわらず、笑顔で両手を振った。
医師はコホンと咳払いをしてから、続けた。
「はい。よろしいです。次はその部屋の音声が外に出るようシステムを切り替えますので、何かしゃべってみて下さい」
「あ、あ」
旦那さんは発声を確認してからしゃべりだした。
「みんな~、久しぶり~。そんなにみんなで集まって何してんの?」
見守ってきた者は、別の意味で力なく崩れ落ちた。
◇◇◇
やがて、シラネは医師からマイクをひったくるように奪い取ると、旦那さんに呼びかけた。
「旦那さんっ、てめえは生きてるのかっ? それとも、死んで化けて出たのかっ? どっちだっ!」
「えーとね」
旦那さんはおもむろに自らの右手で心臓の鼓動を確認した。
「心臓は動いているみたいだね」
「ふぅー」
シラネは大きく溜息を吐いた。
「生きているってことか。全く人騒がせな」
「うん。ごめんね。姐御」
次の瞬間、シラネは無言で自らのバッグを開け、中からレーザーセイバーを取り出した。
それは煌々と輝いていた。
「離せーっ、あたしが旦那さんの止めを刺す。旦那さんは皇海家の恥さらしだーっ」
その時のシラネを止めるには大の男5人がかりが必要だった。




