22 「おいしいところ」がほしかったのか
ミッドラント駐在所の衛生隊の車両は程なく到着した。
ラティーファはもちろんシナンの命を救うことを懇願した。
衛生隊員の答えは
「全力を尽くします」だけだった。
どちらにしてもこの惑星には、簡単な医療設備しかない。
隣の星系から航宙機に来て貰い、あちらの医療施設に入れるしかないようだった。
◇◇◇
振り返ると、長老は見るも痛々しい程、意気消沈していた。
旦那さんも、坊っちゃんも、シラネも、そして、ラティーファも何と声をかけてよいかわからず、ただ、見守ることしか出来なかった。
だが、やがて、長老は意を決したように立ち上がり、一人で通信室に入って行った。
周囲の人間は顔を見合わせたが、かと言って、何をしたらよいか誰にもわからなかった。
◇◇◇
「アブドゥルか」
通信の相手は第11拠点首長ナジーブだった。
「ナジーブ。すまん。今まで私について来てくれたのに、本当に申し訳ない」
「何だい?急に」
「私は航宙機工場を受け入れようと思う」
「…… そうか」
ナジーブはしばらく沈黙してから、言葉を継いだ。
「正直、私はいつそれを言いだすか、待っていたよ」
「!」
「もう正直勝ち目はないと思っていた。しかし、おまえにはハリルに攻撃された時、救って貰った恩がある。自分からは言い出せなかった」
「そうだったのか。それは悪いことをした」
「いいってことよ。だが、おまえのことだ。ただでモフセンたちに政権を譲る気はないだろう?」
「当然だ。ハサンのとこにいたチンピラを集めて、『防衛隊』なんて言ってる奴らに、この惑星を任せられるか」
「それでこそおまえだ。もう地獄の底まで付き合うぜ」
「頼むぜ。相棒」
◇◇◇
次の砂漠の惑星首長議会は荒れに荒れた。
開会するやいなや、議長のアブドゥルが「航宙機工場の受け入れを決めたい」と発議したのだ。
真っ先に立ち上がったのは、やはり、若手の急先鋒ワリードだった。
「どういうことだっ、議長っ」
「どういうこともこういうことも、航宙機工場の受け入れを決める提案をしているだけだ」
「ふざけんなよっ」
ワリードはドンと机を叩いた。
「今までさんざん航宙機工場の受け入れに反対していて、そんな話が通ると思うのか?」
「はて?」
長老はわざと、とぼけた声で返した。
「君たちは航宙機工場の受け入れを繰り返し主張してきたのではないかな? それが通ったのだから、喜びこそすれ、怒る理由がわからないが」
「何だと、てめえ、この野郎」
ワリードは凄んだが、さすがに議会の席上で暴力に訴える訳にはいかなかった。
「議長」
派閥の領袖であるモフセンが挙手した。
「モフセン君」
「ワリード君が言いたいのは、昨日まで、あれだけ航宙機工場受け入れ反対を声高に唱えていた者が、何故、急に受け入れを提案するのか、理解に苦しむということだ。何か利権的な裏があるんじゃないかと疑わても仕方ない」
「利権的な裏などない。ミッドラントとの交渉過程は全て公開する。ミッドラントだって、そのつもりだ。そうしないと株主に追及されるからな」
「議長はミッドラントCEOと親友だって言ってたではないか。何か裏があるんじゃないか?」
「そのCEOを私が暗殺しようとしていると言ってたのは、君ではないか」
モフセンは言葉に詰まった。ワリードが再度怒鳴りだした。
「議長。てめぇ、汚ぇぞ。今まで頑張ってきたのは俺らだ。それを最後に『おいしいところ』だけ、かっさらって行こうってのかっ」
「ワリード君。ワリード君は『おいしいところ』がほしかったのか?」
ワリードも言葉に詰まった。
「では、議論も出尽くしたようなので、採決に移る」
副議長のナジーブが宣言し、航宙機工場受け入れは前回一致で可決された。
「緊急動議だ」
モフセンは可決後、立ち上がった。
「議長の独断専行ぶりは目に余る。議長の解任を要求する」
長老は毅然としていた。
「よろしい。採決に移ろう」
出席者は療養中のシナンを除き、8名。解任動議は賛成3反対5で否決された。
「くそじじいっ、覚えてろよっ」
ワリードは捨てセリフを残し、議場を去った。モフセンとマフディも続いた。
「やれやれ、また、シラネさんに下品と言われるぞ」
長老は静かに言い返した。
◇◇◇
「このままじゃ、収まらねぇっ」
武闘派ワリードはなおも怒っていた。
「いいんすか。モフセンさん。あのじじいに好き勝手やられて」
「いい訳がない」
モフセンは静かに、しかし、力強く返した。
「そうこなくっちゃ。何とかあのじじいをとっちめてやりたいっすね」
「ふむ」
モフセンは少し考え、それから言葉を続けた。
「『防衛隊』の人数は集まってきてるな?」
「そりゃもう。小娘の作った『治安回復部隊』とかもう姿かたちもないすがね」
「よしっ」
モフセンは立ち上がった。
「俺たち3つの拠点の防衛隊を集めろ。これからミッドラントの駐在所に乗り込むぞ」
「はあ」
「俺たちは『防衛隊』なんだ。ミッドラントの駐在所を守るのが仕事だ。行ったら、『防衛』を理由に、そこに駐留する。そのまま、ミッドラントとの交渉と宙港の管理を俺たちが独占する」
「それで、じじいが文句言ってきたら?」
「無視する。こっちが軍事力で駐在所と宙港を押さえれば、奴らは何も出来まい」
「さすがモフセンさん。頭がいい。早速やりましょう。マフディさんも来ますよね」
ワリードは先程から黙って聞いている第10拠点首長マフディにも声をかける。
「私は参加しない」
それは意外な言葉だった。
「えっ? マフディさん。ノリ悪いっすよ。ここは俺たち三人力を合わせてやりましょうよ」
「いや、そうではない」
マフディは冷静に続けた。
「議長のところの兵は減ったとは言え、全然いなくなった訳ではない。我々が第6第7第10拠点で総出で行くとなると、留守を攻撃される恐れがある」
「確かにそうっすねぇ」
「だから、私の第10の部隊は留守を守る。二人は安心して、駐在所と宙港を押さえに行ってくれ」
「ありあとっす。では早速行きましょう。モフセンさん」
マフディは内心思っていた。
(ノリでクーデターをやるような奴と組めるもんか。色々とそろそろ潮時かもな)
◇◇◇
モフセンとワリードは「防衛隊」を率いて、ミッドラント駐在所へ向かった。
「また、大挙して来ましたねぇ}
駐在所長ミラーはひとごとのように言った。
「そうですね。警固の人たちには無理せず、何かあったら、こちらに言うよう言ってあります」
シラネも応じる。
そこへ警固の者から連絡が入る。
「第7拠点首長モフセン様、第6拠点首長ワリード様がお見えです。予約を取って、再度、来て貰えるようお願いしたんですが」
「いますぐ私に会わせろと言って聞かないのでしょう」
ミラーは宥めるように言う。
「そのとおりです。会えるまで帰らないと言っています」
「ご苦労様。よいですよ。会いましょう」
「では、代表の方をお通ししますか?」
「その必要はありません。私の方から外へ出ます。シラネさん、ご一緒して貰えますか?」
ミラーの依頼にシラネは笑顔で答えた。
「はい。もちろんですよ」




