20 これだもんなぁ
ミッドラント駐在所新所長のミラーは好感の持てる人物だった。
見たところ30になったかならないか位の年齢であるが、どこぞのむさい男と違い、清潔感のあるエリートだった。
それでいて、交渉相手に高圧的になることもなく、感情的になったり、遠回しに脅したりすることもなかった。
「完璧超人かよ。伊達にCEOの右腕と言われてねぇな」
シラネは半ば呆れたように呟いた。
だが、航宙機工場建設への熱意は半端ではなかった。
長老との会談時間は押しに押し、夜にまで延びてしまった。
ミラーはもう一泊することを強く勧めたが、長老は丁重に断った。
「今日帰ると、留守居の者に伝えてあるのです。お言葉は有り難いが、帰らない訳にはいかないのです」
ミラーはそれを聞くと、駐在所で最もスピードの出る車両の貸与を申し出た。しかも、返すのはいつでも良いと言う。
長老はこの好意は有り難く受け、旦那さんの運転で第12拠点へ出発した。
◇◇◇
旦那さんは夜の砂漠を飛ばしに飛ばした。
会談疲れの長老とまだ子どもの坊っちゃんが早々に車内で寝てしまったのは仕方がない。
が
「あんたが居眠り運転なんかしないように、きっちり見張ってるから」
と豪語したラティーファまで高いびきで寝てしまったことには納得がいかなかった。
(何てこったい。かくなる上は飛ばしに飛ばして、とっとと帰って、寝るまでだ)
そう考えていた旦那さんだが、気が付いてしまった。
「いる」
「いるね。かなり強いのが……」
坊っちゃんも強い相手の存在に気付き、目を覚ました。
(どうする? 一戦交えたいところだが……)
自分ひとりか、坊っちゃんと二人だったら、勝負に出る。いや、渡りに船で戦闘だが。
今は長老とラティーファの護衛任務がある。くそっ。
「坊っちゃん。ここはもう第12からそう離れていない。飛ばすぞ」
「うん」
「着いたら、すぐ後ろの二人を拠点に入れてくれ。俺は強いのと一戦交える」
「わかった」
旦那さんはアクセルを思い切りふかした。
車は何度も中空を飛び跳ねながら、爆走した。
「なっ、なっ、何?」
ラティーファは目を覚ました。
「お姉ちゃん。しゃべらないで、舌噛むよ」
坊っちゃんは何時になく、真剣な顔で注意した。
「敵がいるんだ」
ラティーファは青ざめた顔で沈黙した。
だが、長老は熟睡したままだった。
余程疲れていたんだろう。
◇◇◇
あと2kmもすれば、第12拠点。そこで事件は起こった。
爆走していた車は右側から強い衝撃を受けた。
「ぐっ」
旦那さんはハンドルさばきで転倒を回避した。
だが、衝撃は四方向から続けて来た。
「くそっ」
旦那さんはスピードを緩めざるを得なかった。
「旦那さん。あれは?」
坊っちゃんが周囲を見るよう促す。
車の周囲を赤みを帯びた眼が数えられない程、取り囲んでいる。
「!」
「旦那さん、あれ、暗視装置?」
「…… いや、坊っちゃん。暗視装置なら射撃してくるはずだ。こいつらは体当たり攻撃ばかりしてくる」
「ということは?」
「多分、『狂信的暗殺者』だろうな」
坊っちゃんは沈黙した。
相手がどんなに強くても、攻撃を受けずに攻撃するという正統的な考えでいるなら、動きが推測できる。
だが、相手が初めから自分の生命を計算に入れず、攻撃してくるとなると、それは大変難しい。
◇◇◇
どこからか火薬の匂いがした。
「まずいっ」
旦那さんは叫んだ。
「自爆攻撃だ。坊っちゃん、車から出るぞっ」
旦那さんは熟睡している長老を抱え込み、坊っちゃんは寝ぼけ眼のラティーファの手を引き、車から脱出した。
狂信的暗殺者たちは四方から車に突っ込み、車と共に爆死した。
なおも、相当数の狂信的暗殺者に取り囲まれている。
坊っちゃんはレーザーブラスターを乱射した。
しかし、相手はそれを全く避けずに突撃してくる。
旦那さんのレーザーセイバーは辛うじて鈍く光った。
坊っちゃんの攻撃を受けても、突撃してくる相手をレーザーセイバーを振り回し、ギリギリで倒していった。
「このままって訳にはいかないよね」
坊っちゃんは肩で息をしながら呟いた。
「こっちも傷を負う覚悟をしないと血路は開けないな」
旦那さんも応じた。
◇◇◇
ラティーファは長老を抱え、ただ茫然と立っていることしか出来なかった。
「お姉ちゃんっ!」
坊っちゃんは大声でラティーファに呼びかけた。
「はっ、はい」
ラティーファも返事をする。
「ここから拠点までの距離はどのくらい?」
「うーん。ここまで来れば2kmないくらいだと思う」
「わかった」
坊っちゃんはレーザーブラスターを構え直した。
「これから僕たちは負傷覚悟で、拠点までの直線距離上にいる敵を集中的に攻撃する」
「うっ、うん」
「そうすれば、一時的にでも拠点への道は開けるから、長老と二人で死ぬ気で拠点まで逃げて」
「えっ? あんたたちはどうするの?」
「何とかする。時間が惜しい。始めるよっ」
◇◇◇
坊っちゃんは拠点の方角に向かって、集中的に射撃し始めた。
当然、他の方向はがら空きになる。
そこにも狂信的暗殺者は攻撃してくる。
旦那さんはそれを防いだが、全ては防ぎきれない。
旦那さんと坊っちゃんは切り傷だらけになっていった。
だが、成果は出た。ついに拠点までの一直線の道が開けたのだ。
「いまだっ。二人とも全力疾走してっ」
坊っちゃんの掛け声を受け、ラティーファは長老の手を引き、走り出した。
坊っちゃんの傷を負いながらの援護射撃は続く。
そして、ついにラティーファと長老は狂信的暗殺者の包囲網を突破した。
「やった」
坊っちゃんの喜びの叫びと同時に、一人の狂信的暗殺者が坊っちゃんの左腕をざっくり斬った。
「これだもんなぁ」
坊っちゃんは嘆いた。
「俺もこんなあまり強くもないくせに、変に突っかかってくる奴らは大嫌いだが」
旦那さんもぼやいた。
「相手しねぇ訳にはいかねぇか」
まだまだ狂信的暗殺者はたくさん残っていた。




