18 一戦交えてみる?
旦那さんと坊っちゃんが狙撃手の追跡を開始した頃、観客のざわめきは大きく残っていたが、ミッドラントCEOは宙港全体に聞こえるマイクを用意させた。
「あ、あ」
マイクの発声状況を確認したミッドラントCEOは、観衆全体に語り始めた。
「みなさん、はじめまして。CEOのミッドラントです」
ざわめきが少しずつ収まっていく。
「先程は大変ご心配おかけしましたが、ご覧ください。私はかすり傷一つありません」
ざわめきは歓声に変わった。「C・E・O」「C・E・O」のコールも復活した。
ミッドラントCEOはシラネを手招きした。
落ち着かない様子でシラネが近寄ると、
「私が無事なのは、この有能な秘書の護衛のおかげです」
と紹介した。
今度は「ア・ネ・ゴ」「ア・ネ・ゴ」のコールが始まった。
「みなさんに約束しましょう。私は、いや、わが社は卑劣なテロリズムには決して屈しません」
万雷の拍手と歓声、「C・E・O」のコール。
ミッドラントCEOは観衆の心をがっちりと掴んだ。
「それでは、みなさん、いい機会です。何故わが社がこの惑星に航宙機工場を作りたいと思っているか、それにより、貴方がたの生活がどう変わるかお話しましょう」
それからは、何回も繰り返し聞かされていたことだった。
先行投資による宙港の大型化、航宙機産業の導入によるレアメタル資源の有効活用、航宙機輸出による外貨獲得、獲得した外貨を使っての、治安維持機関、教育機関の設置。
逆に不安視されている再度戦災に巻き込まれる可能性については、今度は優位な陣営に属していること。
仮に軍需産業以外の産業、食糧産業を振興したとしても、兵站補給基地と見なされ、戦災を受ける時は受ける。
それを避けるためには、獲得した外貨で防空警戒システムを充実させた方が有効等が説かれた。
大半の観衆はうっとりとした顔で、それを聞いていた。
長老は複雑な心境だった。
長年の親友が目の前で射殺されるところなんか見たくはない。それは事実だ。
しかし、こういう話になって来るとなると、どうしてもある疑念が湧いてきてしまう。
(この狙撃事件自体がミッドラントの自作自演ではないか?)である。
ミッドラントは大変優れた実業家だ。たまたま起きた狙撃事件を自分にとって、優位な形に利用することなど朝飯前だろう。
しかし、それを差し引いても疑念は否定できない。
だが、局面は長老の疑念とは違った方向に展開した。
◇◇◇
気が付けば万雷の拍手と共にミッドラントCEOの演説は終わっていた。
演説は短すぎず、長すぎず、ミッドラントはその点でも優れた実業家だった。
短すぎては相手の理解は得られない。かと言って、調子づいて自分に酔い、長演説をぶったりしたら、人心はすぐ離れてしまう。
自らの心から湧いた疑念と格闘しつつ、佇んでいた長老に声をかけたのは、モフセンを領袖とする航宙機工場受け入れ派の三人だった。
「議長」
不意の声かけにぎくりとした長老だが、すぐ頭を上げた。
「何だ。君たちか。何の用だね」
「議長」
モフセンは静かに、そして、重い声で続けた。
「いかに航宙機工場受け入れに反対だとしても、ミッドラントCEOを狙撃までするとはひどすぎやしないか」
「なっ」
長老は絶句した。
モフセンは淡々と、だが、凄みを効かせて続けた。
「惑星全体の意見が航宙機工場受け入れに傾きつつある中、一発逆転を狙ったにしても、テロリズムは感心しない」
長老は激怒した。
「おまえらっ! この私がミッドラントを殺そうとしたと言うのか? ミッドラントの親友のこの私が」
モフセンは構わず続けた。
「ミッドラントCEOが死んで、最も利益を得るのは議長、貴方だ。また、親友と言うが、銀河の貴族の間では『一番信用が置けないのは親族だ』という言葉があるくらいだ。利害の対立は色々なものを壊す」
「私は絶対、ミッドラントを殺そうとなどしていない」
「とにかく、今夜、貴方は個人的にミッドラントCEOと会う予定があるそうだが、キャンセルして貰おう。今度こそ暗殺を成功させられてはたまらんからな」
◇◇◇
「『キャンセル』する必要はありませんわ」
不意に背後から冷徹な女の声が響き、そこにいた者は全員振り向いた。
有能美人秘書。「姐御」ことシラネである。
「ミッドラントCEOの側には、この私が控えている。暗殺など絶対に成功しない」
冷たい、まるで感情のこもっていない声に、全員が戦慄した。
「てめぇ、女の分際で、テロリストからCEOを守れるってのかよっ」
やっと反論の声を絞り出したのは、三人の受け入れ賛成派のうち、最も若く血気盛んなワリードだった。
「ふーん」
シラネの冷たい調子は変わらない。
「貴方。見たところまだお若いのに、随分、考え方が古いのね。では、他のお客様のご迷惑のかからないところで、その『女』と一戦交えてみる?」
シラネは右手を背のレーザーセイバーにかけた。
ワリードは自分の意志とは関係なく、全身が震えだした。見ると他の二人、モフセンとマフディも震えている。
「ちっくしょう。しょうがねぇっ。そこまで言うなら信じてやるよっ。覚えてろよ。このクソ女っ」
ワリードはやっと捨て台詞を吐き出し、足早に去って行った。モフセンとマフディも続いた。
「あらあら。口の悪いこと。下品ねぇ」
受け入れ派の三人が立ち去ると、後ろから隠れていたラティーファが顔を出した。
「シラネさん。有難うございました。旦那さんと坊っちゃんの二人飛び出したまま、帰って来なくて」
「いいんだよ。ラティーファちゃん。どっちにしてもアブドゥルさんをご招待するよう言われてるからね。あたしもアブドゥルさん捜すの手間取っちゃってさぁ。ラティーファちゃんがいてくれて助かったよ」
さっきまでの冷徹な有能美人秘書兼護衛はどこへやら、シラネはあっという間にざっくばらんになった。
「あの馬鹿二人が戻ってきたら、そのまま、ミッドラントの駐在所の応接に連れて行くよ。と言ってもあたしじゃ案内できないから、ここの駐在員にやって貰うんだけどさぁ」
◇◇◇
長老とミッドラントCEOは楽しく歓談した。外交上の腹芸のようなものは無かった。
長老は思った。
(やはり直に会って良かった。確かに利害は分かれたが、自作自演の狙撃事件を起こすような奴じゃない)
ミッドラントCEOの方も狙撃事件の黒幕が長老とは微塵も思っていなかった。良くも悪くもそのような裏工作が出来る人間ではないことはよくわかっていたのである。
しかし、歓談が2時間を経過した頃、不意にミッドラントCEOは言いだした。
「済まないが、シラネ君。ここから先は友人と二人で話がしたい。席を外してくれないか? ラティーファさんとそこの二人の護衛もだ」
ミッドラントCEOの言葉には「もう、お互い裏工作をする間柄ではないことが、双方の護衛にもよくわかっただろう」というニュアンスが込められていた。
「承知しました」
そう言うと、シラネは即座に立ち上がった。
「ほら、あんたたちも行くよ」
シラネは旦那さん、坊っちゃん、そして、ラティーファを促すと、部屋の外へ出た。




