17 「ア・ネ・ゴ」「ア・ネ・ゴ」
長老の側に控えていたラティーファは、護衛としてついて来ている旦那さんと坊っちゃんに問いかけた。
「あんたたち、ここへは遊びに来てるんじゃないんだから、怪しい奴とかいないの?」
旦那さんは満面の笑みで答えた。
「いますとも。強いんが」
「強いって、あんた……」
ラティーファは慌てた。また、いつものこととは言え、話の方向性が……
旦那さんは構わず続けた。
「今、航宙機に駆け寄って行った中に、一人凄いのがいる。まあ、これはミッドラントCEOの護衛だろうけど。それと……」
旦那さんと坊っちゃんは顔を見合わせる。
「もう一つ。宙港の周辺に不規則な動きをするのが一人。ある程度強そうだけど、これは……」
坊っちゃんが続ける。
「読めないね。何を考えているかわからない」
二人は頷き合った。
◇◇◇
やがて、航宙機からミッドラントCEOがゆっくり降りてきた。
万雷の拍手と共に、「C・E・O」「C・E・O」とコールがかかる。
だが、旦那さん、坊っちゃん、そして、ラティーファの眼は、CEOの隣で護衛している人物に釘付けになった。
上品そうなハットに、高価そうなサングラス、エレガントな濃い赤のスーツに身をつつみ、有能美人秘書を装っているが、あれは!
「姐御だっ!」
「うん。あれ、姐御だよねっ!」
「えーっ? ウソ? あれ、シラネさん?」
三人はミッドラントCEOそっちのけで、シラネのことで大騒ぎになった。
中でも、旦那さんと坊っちゃんの二人は姐御姐御と大騒ぎである。
いつしか、二人は「ア・ネ・ゴ」「ア・ネ・ゴ」とコールを始めた。
周囲の人たちは、当然、最初は不思議がった。
だが、CEOの隣にいる美人秘書が「ア・ネ・ゴ」であることに気付くのに、そうは時間がかからなかった。
やがて、「ア・ネ・ゴ」コールは、「C・E・O」コールを凌駕する程の音量になってきた。
◇◇◇
(あんの馬鹿どもがぁ~)
シラネは立場上、表情を崩す訳にはいかないが、はらわたは煮えくり返っていた。
(どこの世界に主賓より秘書へのコールがでかい歓迎セレモニーがあるってんだ?)
ミッドラントCEOは苦笑して言った。
「君は凄いね。私より人気じゃないか?」
シラネは表情を崩す訳にもいかず、声だけはすまなそうに答えた。
「申し訳ありません」
「いやいや。それだけ私が有能美人秘書を連れているってことだろう。私も鼻が高い」
シラネは黙って恐縮した。
◇◇◇
だが、シラネの怒りが解けるのに、そんなに時間はかからなかった。
シラネはおもむろにミッドラントCEOの前に出て、CEOごと体全体を後ろに押した。
次の瞬間、銃弾がシラネの足元に突き刺さった。
観客の拍手とコールは一斉に悲鳴に変わった。
シラネは鈍く光るレーザーセイバーを抜刀し、円形に一閃した。
第二弾、第三弾とそれ以降の狙撃は全てセイバーの光の中に蒸発していった。
◇◇◇
坊っちゃんは狙撃手の位置を推測し、レーザーブラスターを放った。
観客の悲鳴や怒号にかき消され、正確なところはわからないが、手ごたえは十分だった。
「どうだ? 坊っちゃん?」
旦那さんの問いかけに
「あんまり強そうじゃなかったから、足を狙った。逃走に支障は出るはず」
と坊っちゃんは答えた。
「よしっ、じゃあ、生け捕りして、訊問も狙えるな。行くぞっ」
旦那さんと坊っちゃんが駆け出そうとした時、
「ちょっと、待ったぁ」
ラティーファの制止が入った。
「あんたたちっ、何しにここに来てるの? おじいちゃんの護衛でしょ? それ、二人してほっぽりだして、どうすんの?」
「姐御がいるから大丈夫」
という旦那さんの返しに、
「シラネさんは、ミッドラントCEOの護衛でしょ?」
ラティーファはなおも追及する。
「姐御、相当強いから、ここの観客全員守れるよ」
「あんたたち、本当は、宙港の近くにいるっていう、強い奴の所に行きたいんでしょ?」
ラティーファは核心を突く。
「あ、ばれてた? ごめんねごめんね~」
旦那さんと坊っちゃんは会話を打ち切り、駆け出す。
「あ、こら」
本格的な戦闘訓練を受けている二人が本気で逃げ出せば、素人のラティーファの手に負えるものではない。
ラティーファは地団駄踏んで悔しがったが、どうにもならなかった。
◇◇◇
坊っちゃんの狙撃は、正確に狙撃手の右の足首を射抜いていた。
それでも動く左足と両手を使い、必死に逃走していた。
だが、そんな状態で、旦那さんと坊っちゃんから逃げ切るのは不可能に近い。
宙港から少し離れた所にいた狙撃手はすぐに二人に発見された。
「坊っちゃん」
旦那さんは声をかけた。
「うん」
坊っちゃんも気付いていた。
当初から確認された宙港周辺にいた強い奴が近くにいる。
「坊っちゃんは、狙撃手を確保してくれ。俺は強い奴の相手をする」
「うん」
旦那さんの指示に、坊っちゃんは頷いた。
近づいてみてわかったが、潜伏している強い奴は予想以上に強そうだ。
そこは旦那さんに任せて、自分は手負いであまり強くない狙撃手を担当した方がいい。
坊っちゃんはあくまで冷静だった。
◇◇◇
だが、局面はまたも急転した。
潜伏していた男はゆっくりと黒づくめの姿を現した。
そして、男にすがりつくような眼をしていた狙撃手をおもむろに取り出した銃で射殺した。
「えっ?」
旦那さんと坊っちゃんは一瞬当惑したが、すぐに戦闘態勢に入った。
黒づくめの男は銃をしまうと、静かに呟いた。
「この狙撃手は俺の敵だ」
「!」
旦那さんと坊っちゃんは絶句したままだが、もちろん戦闘態勢はキープしている。
男は静かに続けた。
「もう、おまえらに言うことはない。さらばだ」
男は素早くその場を立ち去って行く。
「おっ、おいっ、ちょっと待てっ」
旦那さんは声をかけるが、男は無視して去っていく。
旦那さんと坊っちゃんも走って追いかけるが、男は木陰に隠してあったセグウェイに飛び乗ると、中空に去って行った。
「旦那さん。狙撃する?」
坊っちゃんの問いかけに、旦那さんは、緊張した面持ちで答えた。
「いや、やめておこう。まだ、敵か味方かわからないし、それに……」
「あれは、ひょっとすると坊っちゃんの狙撃も避けるかもしれない……」




