16 手に負えないんじゃないかな~
砂漠の惑星首長議会は緊迫感をもって開会された。
議会と言っても、議長である第12拠点首長、長老ことアブドゥルの強い意志で、粗末なプレハブ作りの建物である。
この建物自体へは、異議は出ていない。
建物自体だけには。
副議長である第11拠点首長ナジーブは淡々と施策案を読み上げた。議長である長老は眼を閉じて、黙って聞いている。
「第一の目標はとにかく全住民が飢えない。満足に食べられることにあります。施策としては、第12拠点の技術提供を受け、旧ミッドラント航宙機製作所工場跡地に、大規模なPP、食糧プラントの建設を目指します」
聞いている首長のうち、第7拠点首長モフセンはこめかみをひくひくさせながら、聞いている。まだ、30代、次代のホープである。
「第二の目標は外資の誘致であります。但し、これは何でも良いという訳には参りません。先の大戦争による戦災を大いなる反省点とし、軍需産業以外を誘致したいと考えています」
第10拠点首長マフディも、むっとした表情を崩さない。これも30代、先のモフセンの盟友と呼ばれる男である。
「第二の目標の施策としては、軍需と関係ない、食糧プラント技術を生かした食糧産業。レアメタル資源を生かした鉱業。僻地のハンデがない情報産業の誘致をお金のかからない電子掲示板で行います。これも旧ミッドラント航宙機製作所工場跡地に誘致したいと考えております」
「もう、我慢ならねぇっ!」
机をダンと叩き、立ち上がったのは、第6拠点首長ワリードである。代替わりしたばかり、まだ、20代の若者である。
「さっきから黙って聞いていれば、今の財政で大規模PPを完成させるのに何年? いや、何十年かかるんだっ?」
「静粛に」
長老はワリードの発言を制した。
「質問は全ての説明が終わってから、一括で受け付けます」
「いーや。黙らないね」
ワリードは続けた。
「誘致の件もそうだ。食糧産業? こんな僻地じゃ、運送費が高くついて、値段で勝負出来ない。かと言って、ブランド力で有利販売出来る訳でもない」
「……」
「レアメタルも同じだ。素材のまま売ったんじゃあ。運送費が高くつきすぎて儲からない。情報産業に至っては、技能を持った人間がこの惑星のどこにいる?」
「それは次に説明しようとしていた教育機関の設置で解決する」
ワリードは机を再度叩いた。
「だから、それを作るカネがどこにある? 作るったって、何十年かかるんだ?」
長老は意を決したように立ち上がり、答弁した。
「何年かかろうと、このやり方でやりたい」
「議長」
モフセンが挙手した。
「モフセン君」
「議長。貴方はこの状況を一気に打開する術を知っているはずだ。そう、航宙機工場の受け入れを」
長老は立ったまま、あまり大きくはないが、力強い声で答えた。
「それでも、私は戦災を招いた航宙機工場の受け入れには反対だ」
「ふん」
モフセンはなおも続けた。
「反対しているのは、議長と副議長の二人だけではないか。ここは再建中の第1、第3、第5拠点を除いた9人の首長がいる。そのうち第7の私、第6のワリード君、第10のマフディ君の三人は明確な受け入れ賛成派だ」
「……」
「これだけでも賛成3の反対2。賛成の方が多数派じゃないか」
「ま、待ってください」
一人の気弱そうな青年がゆっくり手を上げた。
「!」
周囲が彼に注目する。やはり代替わりしたばかりの第8拠点首長シナンだった。
モフセンが声をかける。
「何だ。シナン君か。君も若い。受け入れに賛成なのかい?」
「いっ、いえ」
シナンは続ける。
「ぼ、僕は航宙機工場の受け入れには反対です」
「!」会場に衝撃が走る。
モフセンの言葉に怒気が混ざる。
「ふん。この中で最年少なのに、固いんだねぇ。まあいい。これでも3対3だ。他の3人のご意見は?」
残る3人は顔を見合わせた。もともとこんなに議会が紛糾するとは思っていなかったメンバーなので、急に言われて、困惑するばかりだった。
それでも、やがて、第2拠点首長ズバイルが立ち上がった。
「すまんが、今の私らには賛成した方がいいのか、反対した方がいいのかわからない。だが、来週、ミッドラントCEOがうちの惑星を表敬訪問し、話も聞かせてくれるそうじゃないか。それを聞いてから決めたい」
モフセンはそれを受けた。
「ふん。私らは異議なしだ。どうせ、ミッドラントCEOの話を聞けば、みんな賛成に転じるだろうし。議長、貴方は?」
長老も受けた。
「私も異議はない。だが、舐めるなよ。ミッドラントは私の旧友だ。逆に説得して、航宙機工場の建設計画を中止にしてやる」
「ふん。楽しみですな」
モフセン、ワリード、マフディの3人は連れだって、議場を出て、議会は流会となった。
ズバイルら中立派3人も、そそくさと議会を後にした。
◇◇◇
議場に残ったのは長老、ナジーブ、そして、若手ながら反対派に加わったシナンだった。
「ふぅ。思ったより、ミッドラントの駐在員の広宣活動が功を奏してるようだな」
長老は嘆息した。
「全くだ。実際にあの空襲を体験していなければ、いいことづくめのように感じてしまうよ」
ナジーブも同意した。
「あ、ところで」
長老はシナンの方を振り向いた。
「シナン君。我々の意見に賛同してくれて有難う」
「いえ」
シナンは静かに返した。
「僕の祖父もミッドラント航宙機製作所にいましたから」
「そうか。そうだったな」
長老はやはりおとなしかったシナンの祖父を思い出していた。
「ところで、シナン君はいくつになったんだっけ?」
「あ、ぼ、僕は……」
シナンは、はにかみながら答えた。
「ラティーファさんと同い年です。きれいなひとですよね」
(は、はぁ~)
長老は察した。
(ラティーファに気があるのか、確かに見かけは美人ではあるからな~。しかしっ)
(気の毒だが、このおとなしさでは、うちの孫娘は手に負えないんじゃないかな~)
長老はそんなことを思った。
◇◇◇
その日、砂漠の惑星の宙港では数えきれない程の歓迎の旗が振られていた。
やがて、中空に小さな航宙機の姿を認めると、大きな歓声が上がった。
「帝国内でも押しも押されぬ巨大企業のCEOをこんな小さな宙港で迎えるなんて、申し訳ないですな」
威勢のいい若手であるワリードが、受け入れ賛成派の領袖モフセンに問いかける。
「ふん」
モフセンも答える。
「それも今だけだ。航宙機工場の受け入れが決まれば、すぐ外資が入って、真っ先に宙港の拡張が始まるだろうよ」
◇◇◇
航宙機は着陸態勢に入った。
車輪が地面についても、航宙機はすぐには止まらない。
航宙機はどんどん進んでいった。
「!」
観衆は一つの疑念に捉われた。
(これは…… 滑走路をはみ出るんじゃ……)
しかし、航宙機は滑走路が終わる寸前でピタリと止まった。
一段と大きな歓声が上がる。
(派手な演出だ。ミッドラントらしい)
長老は苦笑した。
航宙機は方向転換し、滑走路上を走り、真ん中で停止した。
何人かの空港職員とミッドラントの駐在員が駆け寄って行く。




