14 第二章プロローグ
砂の惑星の夜空には星明りが広がっていた。
砂漠では珍しくないとはいえ、雲一つない空。
更に有難いことに、ほぼ無風状態だった。
軍用輸送機は静かに上空を進んでいた。
「シラネ様。天候条件は大変良好です」
機長は後部座席のただ一人の乗客に語りかける。
シラネと呼ばれたただ一人の乗客は黙って頷いた。
短く切り揃えられた黒髪。見た感じ20代半ばの女性である。東アジア系のようだ。
それからは、しばらく沈黙が続く。
軍用輸送機は順調にフライトをこなしているようだ。
機長が次に口を開く。
「シラネ様。あと15分ほどで降下予定地点です」
だが、シラネはそれには答えなかった。
何か電撃でも受けたかのようにピクリとし、おもむろに立ち上がり、そして、言った。
「あたしはここで降りるっ」
「えっ? えっ? えーっ?」
機長は狼狽した。
「いえ、まだ、降下予定地点は先です」
「うるせんだよ。あたしはここで降りるっ!」
会話はここで打ち切られ、シラネは黙って軍用輸送機のドアからパラシュート降下を開始した。
「あっ、あっ。あーあ」
機長は嘆息した。しかし、そこはベテランである。すぐに冷静さを取り戻し、通信士に指令した。
「すまんが、シラネ様が降下した地点の座標を地上部隊に秘密通信してくれ」
「了解」
(それにしても……)
機長は思った。
(CEO直々の御指名の凄腕エージェントかあ。依頼の失敗事例は無し。但し、方向オンチって、そんなの有り得るのかね)
(まあいい。後は地上部隊に任せるしかないもんな)
軍用輸送機は徐々に高度を上げ、やがて、この惑星から去って行った。
◇◇◇
深夜。
第12拠点の個室で眠っていた旦那さんはむくりと起き上がった。
隣では坊っちゃんが既に起きていた。
坊っちゃんがポツリと言った。
「来てるね」
旦那さんは黙って頷いた。そして、おもむろにレーザーセーバーを抜刀した。
レーザーセイバーは鈍く光っていた。
(おおお、光った)
旦那さんはうっとりとそれを眺めた。
皮肉なことだが、坊っちゃんはともかく、ラティーファもハリル戦で旦那さんのレーザーセイバーが鈍く光るのを目撃している。
しかし、当の旦那さんはチャージオンの副作用で光ったところをすっかり忘れてしまっているのである。
旦那さんはそのままレーザーセイバーの(本人にとって)初めて光ったところを眺めていたい気分だったが、そうも言っていられなかった。
それに今度来た者との対峙で、レーザーセイバーはもっと光るかもしれない。
旦那さんと坊っちゃんはそそくさと身支度を整え、第12拠点を後にしようとした。
◇◇◇
「こんな夜中にどこに行こうって言うのかな?」
真後ろにラティーファが立っていた。
ぎくりとした旦那さんだが、平静を装い、釈明を始めた。
「敵……らしき者が出現しました」
「敵?」
ラティーファは訝しがった。
無理もない。確かにハサンを打ち倒した旦那さんをラティーファが無理やり連れ帰ったばかりの頃は、この惑星も野盗に落ちぶれたハサンの残党がたくさんいた。
しかし、その後、ラティーファが隊長を自称し、旦那さんと坊っちゃんを副隊長に勝手に任命した「砂の惑星治安回復部隊」の活躍により、その数は激減していった。
治安回復部隊は坊っちゃんが次々に攻撃してくる敵を射殺し、第12拠点の若手アメルやムラトたちが訓練を兼ねて援護、戦意を失って投降してきた敵は武装解除し、長老の下で社会復帰の訓練を受けさせた。
旦那さんは一向に光らないレーザーセイバーを見ては、溜息をつき、大あくびをするばかりであった。
つまり、今現在「敵」の存在は非常に少ない。それでも、警戒を怠らず、夜間の輸送作業は極力避け、敵襲を受けないようにしている。
それに、旦那さんはともかく、坊っちゃんは野盗の間でも異様に恐れられていて、第12拠点の近くに現れる野盗は皆無になってしまった。
ラティーファは続けた。
「どんな敵が現れたって言うの? ハサンかハリルが化けて出たとでも言う訳?」
「えー、敵は、敵らしき者は」
旦那さんは釈明を再開した。
「空から降りてきた模様です」
「空から降りたあ?」
「御不審に思われるのは、ごもっともな話でありますが、何かがやって来たんであります」
「……」
「お姉ちゃん」
坊っちゃんが見兼ねて、助け船を出す。
「この惑星って、今は全く防空警戒システム機能してないよね」
「それはそうね」
ラティーファも頷く。
「外部から、輸送機で侵入されて、空挺作戦やられたら、対抗できないよね」
「え? 空挺部隊が攻撃して来てるの? どの位の数で?」
さすがにラティーファもあわてる。
「多分、一人」
「ひとりぃっ? あ、でも、その一人があんたたちやハサンやハリムみたいのだったら?」
「そう。わかってくれた?」
坊っちゃんはニッコリと笑う。
「わかった。でも」
ラティーファも銃剣を持つ。
「あたしもついていくからね」
「お姉ちゃん。また、そのパターン? 結構、危ないよ。今回」
止めにかかる坊っちゃんだが、ラティーファは聞かない。
「いーーーえっ。坊っちゃんは何があっても、あたし一人は守れるって、このむさい男から聞いてますから、ついていきますっ」
(はぁ)
坊っちゃんは嘆息した。
◇◇◇
シラネは確信をもって、その方向へと進んでいた。
例によって、本来の降下予定地点とは正反対の方角に進んでいたが、そんなことは彼女には全く関係なかった。
また、彼女を回収するはずだった地上部隊は、パニック状態になり、彼女の行方を追っていたが、そんなことは彼女には全く関係なかった。
背負ったレーザーセイバーが徐々に熱を帯びて来ていたのは、強く感じられていた。
強い光を帯びているだろうことは、抜刀して確認しなくても、容易に推測できた。
彼女の精神状態は確かに高揚していた。
◇◇◇
双方はほぼ同時に気付いた。
シラネは抜刀し、レーザーセイバーを正面中段に構えた。
それは煌々と輝いていた。
旦那さんはシラネの抜刀を確認してから抜刀し、同じくレーザーセイバーを正面中段に構えた。
その光は鈍いままだった。
固唾を飲んで見守っていたラティーファは何かを言いそうになったが、強い調子で坊っちゃんに制された。
「お姉ちゃん。前も言ったけど、こういう時の旦那さんは絶対遮っちゃ駄目だよ」
ラティーファは沈黙を守った。




