105 客を舐めてんじゃねえぞ
だが……
黒い影は背後から首根っこを掴まれた。
「!」
背後から迫った影は、黒い影の左足に己の左足をフックさせた。
更に背後の影は、黒い影の右腕の下側に己の左腕を通し、相手の首筋に巻き付けてホールドすると、一気に背筋を伸ばした。
「ぎぃやあぁぁぁ~」
黒い影が悲鳴を上げる。
「なんだなんだ」
荒くれ海の男たちがわらわら集まる。
一度は、『人材育成機関』の建物に向かい歩き出していたエウフェミアとシナンも駆け戻る。
「おおっ!」
荒くれ海の男たちは感嘆の声を上げる。
「なんだ? あのホールドは?」
「知らんのか?」
「あれは! あれこそはっ!」
「地球の古代史に出てくる伝説のレスラーアントニオ猪木が一度はフィニッシュホールドにしたという……」
「『コブラツイスト』だっ!」
「うおぉぉぉーっ!」
もともと血の気の多い荒くれ海の男たちは仕事を忘れて盛り上がる。
◇◇◇
「ななな、いきなり何するんだよう。ラティーファあああ」
いきなり、フィニッシュホールドを決められた旦那さんは泣きそうな声を上げる。
「いきなり何するじゃあ」
ラティーファはホールドを外さないまま、返答しながら、
「ないよっ!」
更に背筋を伸ばす。
「ぎぃえぇぇぇーっ」
旦那さんの悲鳴が再度上がる。
◇◇◇
「いいぞっ! ねえちゃん、もっとやれっ!」
「おらおら、どうした? 旦那さんっ! 反撃しろっ! 反撃!」
荒くれ海の男たちは更に盛り上がる。
そんな中、旦那さんの口から言葉が漏れる。
「ギッ、ギブアッ……」
「ギブアップ~?」
荒くれ海の男たちから一斉にブーイングが起きる。
「おいこら、旦那さん。客を舐めてんじゃねえぞ」
「そんな試合内容で金取る気か?」
「レスラーとしてのプライドてぇもんがねぇのか?」
「金返せっ!」
誰かが叫んだ。
「金返せっ!」
「金返せっ!」
いつしか大コールに変わって行った。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待てっ!いつ俺が金取ったよ?」




