刹那の動き
――キーンコーンカーンコーン
「て、天童……」
本日の授業も終わり、自習室に向かうためバッグに勉強道具を突っ込んでいると、弱々しい声で高山が声をかけてきた。
珍しく今にも力尽きそうな声で俺に何かを訴えてくる。
「どうした、そんな声で。珍しいな」
肩にバッグをかけ、高山の方を覗くと顔がやや青白くなっている。
「俺は、もうダメかもしれない……」
「何があったんだ?」
「は、腹が……」
高山が腹を押さえて涙目で俺に訴えてくる。
たまたま俺の手には熊さんにもらった胃腸薬がある。
「ほら、これやるよ」
「た、助かる……」
そんなやり取りをしていると、杏里と杉本が俺達の隣にやって来た。
「ど、どうしたんですか?」
心配そうな目で杉本が高山に声をかける。
「いや、ちょっとお腹が……」
「天童さんも腹痛、高山さんも腹痛……。も、もしかして私の作ったデザートが……」
いえ、そんな事はありません。俺は腹も痛くないし、わりかし元気です。
隣で杏里も心配そうにこっちを見てくる。
「天童さんはお弁当食べて、腹痛になったのですか? それともデザートで……」
あ、やばい。俺のせいで二人が犠牲になりつつある。
「そんな事無い。高山はきっと食べすぎだ。な、なぁ高山」
杏里の弁当はうまかった。杉本さんのデザートもうまかった。
まずかったのは俺の対応だ。すまん、みんな……。
「か、かーちゃんの作った弁当を早ベンして、昼に三段弁当を食べて、デザートを食べただけなのに……」
うん。それは食べすぎと言うんだよ。
「天童さんは、大丈夫ですか?」
「あぁ、俺は何ともない。二人とも心配しなくていいぞ」
隣で高山が胃腸薬をのみ、一息ついている。
多分すぐにすっきりするだろう。
「高山もすぐに治るだろうし、自習室に行こうか」
若干ダメージの残っている高山のバッグを俺が持ち、四人で自習室に向かう。
――ピッ
杉本さんがエアコンのスイッチを入れてくれた。
今日は我慢大会にならないで済みそうだ。
席順は昨日と同じ。一つ違うのは高山のテンションが低いくらいだ。
「悪い。やっぱ保健室行ってくる」
高山がふらつきながら自習室を出て行こうとしている。
これは、俺が着いて行った方がいいかな?
「あ、私が付き添います」
杉本さんが席を立ち、高山の肩を支えようとしている。
「だ、大丈夫。一人で行けるから」
「少し顔色が悪いですよ。杏里と天童さんは自習室で待ってて下さいね」
自習室から出ていく二人を俺と杏里は待つことにした。
二人が出て行って数分、特に会話はない。
互いにノートに書きつつ、教科書を読みつつ、何となくお互い意識してしまっている。
杏里の手が止まり、ペンがノートに転がる。そして、俺の方に少しだけ近寄り、肩をよせてくる。
「司君。お腹、本当に大丈夫? 何度も味見したんだけど、もしかして私のお弁当が原因じゃ……」
少し涙目になりながら俺に訴えてくる杏里。
そんなに心配しないでください。
「杏里のお弁当はうまかったよ。作ってくれてありがとう」
俺は笑顔で杏里の頭をなでる。
杏里も笑顔で俺に答えてくれた。
「本当に大丈夫なの?」
「あぁ、本当にうまかったよ。また作ってほしいな」
「うん。また作るね」
高山の腹痛騒ぎで俺達は自習室に二人っきり。
学校で二人きりになる事など今までなかった。
テーブルの下で俺と杏里の手が重なっている。
「杏里は俺達の事、杉本さんに話すのか?」
「うん……。何度も考えたけど、映画が終わって一段落したら話してみるつもり」
「俺も高山に話そうと思っているんだ。俺達の事、高山に話してもいいかな?」
「私達の事、あの二人に知ってもらいたい。そして、出来れば学校でも司君ともっと一緒にいられるように……」
「俺も学校でも杏里と、もっと一緒に、もっとそばにいたい……」
俺と杏里の距離が近づく。
ほんの、あとほんの少しで顔がくっつきそうになるくらい。
そして、杏里が目を閉じ、俺の唇が杏里の唇に重なる――。
――ガチャ
「ただいまー!」
刹那。俺と杏里は元の席に戻る。
そして、互いにノートを開き、参考書を開き始めた。
杏里! 参考書が上下逆だぞ!
「お? お二人さん、進んでいるかい?」
すっかりいつもの調子に戻った高山。
その後ろで杉本さんがこっちを覗いているのがわかる。
「ただ今戻りました」
「お帰り。熊さんいた?」
「おう、お腹をグーッと何カ所か、ぐわっとさすって貰って、薬を飲んだら痛みが無くなった。食べ過ぎだって」
俺は心臓がバクバクしているが、顔に出さないように細心の注意を払う。
杏里は参考書で顔を隠しながら、下を向いたままだ。
こっちから見ると、耳が赤くなっているのがわかる。
「よし、やっとこれで集中できる! 心配かけて悪かったな」
「いや、問題ない。テストも近いし、頑張りますか」
「そうですね。でも、杏里のおかげで勉強がしやすいし、はかどりますね」
そう。杏里は学年トップの学力を。そして、教え方も非常にうまい。
そして、意外な事に高山も教えるのが上手かった。
しばらく集中し、勉強をしていたがだんだん集中力が切れかかってきた。
少し休憩でもしますかね。
「そろそろ一回休憩を入れないか?」
「ん? もうそんなに時間がたったのか? 早いなー」
高山がペンを置き、背伸びをしている。
杏里もペンを置き、高山と同じように背伸びをしている。
そして、杉本も杏里と同じように両手を組み、その腕を頭の上に伸ばし始めた。
同時に高山の目線も杉本の胸辺りを見ているようで、少し鼻の下を伸ばし始めた。
一体何をしているんだか……。
さっきまで腹痛で、唸っていた奴の行動とは思えない……。
でも、俺の目線はそんな中でも杏里の方にしっかりと向いていた。




