古い写真
――カリカリカリ
全員黙々と勉強をしている。
あの高山でさえ真面目に勉強してる。
時折参考書を開きながら、ノートに書き込みをしているが、誰も話をしない。
各々自由に学習しているため、机には各学科の教科書や参考書が散乱中、テーブルが狭い……。
しかし、部屋が暑い。この密室に四人もいるとエアコンを付けていても段々と暑くなってきた。
俺だけか? と思いふと顔を上げてみる。
杏里の頬にうっすらと汗が見える。
高山も杉本も顔にうっすらと汗をかき始めていた。
ですよね、俺だけじゃないですよね。
「暑い……」
俺はとうとう着ていた制服の上着を脱いだ。
「やっぱり暑いか。俺も暑かったんだ!」
高山も着ている上着を豪快に脱ぎ捨てる。
「エアコン、スイッチ入っているよね?」
杉本がリモコンを手に取り、表示温度を見ている。
「誰? 暖房にしたのは……」
確か、エアコンのスイッチを入れたのは高山だ。
どうりで暑いはずだ。この密室でしかも暖房。我慢大会でもするのか?
「冷房に切り替えたので、直に涼しくなりますよ」
助かります。しかし、そうは言ってもしばらくは暑いままだ。
不意に杏里も着ていた制服の上着を脱ぐ。
「さ、さすがに暑いですね……」
上着を脱いだ杏里は白いシャツとベストの姿になった。
男子にはワイシャツしかないが、女子はベストが標準装備となっている。
そんな中、杉本は上着を脱ごうとしない。まぁ、人それぞれだしな。
「少し休憩にしませんか? 部屋が涼しくなるまで十分くらいはかかると思いますし」
そうだね。そうしましょうか。
「じゃ、ちょっと飲み物買ってくる」
ノードリンクだとちょっときつい。
次回から予め買っておくようにしなければ。
「あ、俺も行くわ」
「じゃ、一緒に行くか。杉本さんと姫川さんは何かいる? 一緒に買って来るよ?」
俺と高山が二人で行くので、残った二人分もついでに買って来るか。
「お願いします。えっと、天童さんと同じものでいいですよ」
「私は、炭酸以外でお願いします」
「オッケー。じゃ、ちょっと行ってくるな」
杏里は俺と同じ物、杉本さんは炭酸以外だな。
俺は高山と一緒に購買前の自販機に向かう。
さて、俺は何を飲もうかな……。
自販機の前で少し悩んでいると、高山が声をかけてくる。
「天童、今回はおごってやるよ。好きなものを選べ」
「珍しいな。なんでだ?」
「昼に味噌汁もらっただろ? そのお返しだ」
そういえばそんな事もあったな。
では、遠慮なくおごってもらうか。
「じゃ、これで」
俺はワンランク高いロイヤルミルクティにした。
必然的に杏里も同じものになる。ついでに杉本さんもこれでいいか。
「遠慮が無いな……」
「俺達の間に遠慮とか無いだろ? なぁ、高山」
「ま、それもそうだな」
ボスは全員分買ってくれた。さすがはボス、懐が温かいな。
俺の手には二本、高山の手にも二本、それぞれの分を持って自習室に戻る。
「あ、ちょっと俺、参考書何冊か借りていくから、先に戻っていてくれるか? すぐに戻る」
そして、俺の手には四本のドリンクが。
おぅ、持ちにくい……。
何とか自習室の扉前まで来たが両手がふさがっているのノックはもちろん、扉を開けることもできない。
一回床に置くか。自習室の扉までもたもたしていると、中から声が聞こえてくる。
『彩音は、昔の事覚えているの?』
『昔? うーん、そんなに覚えていないんだよね』
『一番古い記憶って、いつの頃?』
『一番古い記憶? よく覚えているのは小学校の低学年かな? 幼稚園の頃は曖昧だね』
どうやら中では昔の話をしているようだ。
そう言えば杏里は小さい頃の記憶もあるって言っていたけど、杉本さんは覚えていない派なのかな?
『さ、三歳とか、四歳頃の記憶は?』
『その頃だと年少位かな? 写真はあるけど、あんまり覚えていないんだよね。杏里は覚えているの?』
『それなりにね……。そっか、覚えていないんだ……』
『あ、でも全くじゃないよ? 少しは覚えているよ、ほんの少しだけど……』
『そ、それってどんな事?』
『随分変な事聞くんだね。えっとね……、男の子と仲良くしているの。でも、なぜか居なくなっちゃったんだ。それが一番古い記憶かな?』
『そっか、男の子か……。ねぇ、ちょっと見てほしいものあるんだけど、いいかな?』
この雰囲気で俺は部屋に入っていいのか?
何か非常に入りにくい雰囲気なんですが……。高山だったら問答無用で『ただいまー!』とか言って入って行きそうなんだけど。
先生、この場合入っていいですか? それとも落ち着くまで待機ですか……。
正解はどっちですか?
『ん? 何?』
『これ、彩音?』
『あ、これ私だー。何で杏里が私の写真もっているの? 懐かしいなー。でも、私一人の写真だね、隣に誰かいるっポイけどカットされている?』
『あ、えっと……。写真をスマホで撮ったんだけど、半分変な反射があって、カットしたの。そこは気にしなくていいよ』
『そっか。でも、随分昔の写真だね。確かにこれは私だけど、どうして杏里が?』
『知り合いが写真を持っていて、彩音に似ていたから、もしかして本人かなって思って聞いてみただけ。深い意味はないよ』
『そうなんだ。誰か分からないけど、古い写真まだ持っていたんだね』
『そうね。ありがと、彩音だとわかって私は満足』
『良かったー、杏里も変なところを気にするんだね』
『そうかしら? まぁ、私にとっては大切な事だから……』
『ありがとー。私も杏里の事、大切だよー』
二人の会話を聞いてしまった。
このタイミングで聞いてしまったのはしょうがないとして、内容は俺にも分かってしまう。
俺の家で見た写真を杏里は杉本に見せたんだ。
そして、同姓同名の女の子から、本人に確定してしまった。
でも杉本は俺の事を覚えていない、よな?
こうして、扉前でモンモンしていると後ろから足音が聞こえてくる。
「天童、何してるんだ? 腹でも痛いのか?」
いや、腹は痛くない。胸がチクチクするだけだ。
「いや、なんでもない。早く戻ろうぜ」
ノックも言葉も出さず、いきなり扉を開ける高山。
おぉ、勇者だ。その対応、今だけ賞賛します。
「ただいまー! 飲み物ゲットして、参考書も持ってきたぜ!」
中はさっきよりも随分涼しくなっており、過ごしやすくなっている。
さて、色々聞いてしまったが勉強頑張りますか……。




