月が照らす公園の中で
姫川はバイト先に着くまでずっと無言だった。
バイトが始まったら、昨日と同じようにハキハキしていたし、笑顔だし。
大丈夫なんじゃないかと思ったが、休憩室ではやっぱり無言。
そんな調子でバイトも終わり、いつもの駅まで一言も話をしないで帰ってきてしまった。
「杏里、悪かったよ。決して悪気があったわけじゃないんだ。そろそろ許してくれないか?」
駅から商店街を通り抜け自宅に向かって二人並んで歩いている。
今日は母さんが帰る日なので早めに自宅につかなければならない。
母さんが帰る、つまり今夜は俺と姫川が二人っきりになると言う事だ。
このままでは非常に息苦しい。何としても今までと同じように会話をしてもらわないと……。
商店街を抜け、公園の横を通る。そろそろ自宅に着きそうだ。
ふと、気が付いたが公園の入り口で立ち止まっている姫川。
俺は止まった姫川に気が付かなく、少し先を歩いてしまっていたようだ。
姫川は立ち止まったまま俺の方を見てくる。公園にはすでに誰もいなく、公園の街灯が薄らとついているだけだ。
先に行ってしまったと、少し悪い気がして急いで姫川の元に駆け寄った。
「司君、少しだけ話さない?」
俺は無言で頷き、姫川に手を引かれ、公園のブランコに座った。
隣でゆっくりとブランコをこぐ姫川。
俺もゆっくりとブランコをこぎ、次第に勢いがついてきた。
「今日はごめんね。何か自分の中でモヤモヤしちゃって、ずっと言葉が出なかったの」
「気にするなよ。俺だってそういう時くらいあるさ」
キコキコとブランコのきしむ音が聞こえる。
周りには誰もいなく、その音が遠くまで響いている気がした。
「司君は、彩音の事覚えているの?」
杉本彩音。多分同じクラスの、一緒にランチした彼女だと思われるが、記憶が無い。
正直、本人を目の前にしてもその答えは変わらないだろう。
鈍感とか物覚えが悪いとか、そういう問題ではない。全く記憶に無いのだ。
「全く覚えていないな。仮に同じクラスの杉本が、写真の杉本だったとしても、俺から見たらただのクラスメイトでしかない」
「そっか……。もしも、もしもだよ? 写真の彩音ちゃんと、同じクラスの彩音ちゃんが同一人物だったら、つ、司君はどうするの?」
そんなこと聞かれても昔の記憶が無い。どうするも、こうするも、答えは一つしかない。
「今と変わらない。俺は今の俺でしかない。杏里と一緒に五橋下宿にいる俺しかなっ!」
俺はそう話すと、ブランコから勢いよく飛び立った。
そして無事に着地。ここで着地に失敗したら大爆笑だろう。
「そっか……。良かった、少しだけど安心したよっ!」
少しだけ勢いの付いたブランコから姫川も飛び立つ。
が、飛び立った瞬間にフワッとスカートがめくれあがる。
姫川は慌ててスカートを両手で押さえたが、着地に失敗しそうだ。
俺は急いで姫川のフォローに入る。
そして、倒れ込みそうになった、姫川を両手でしっかりと抱きかかえる。
「危ないだろ。着地に失敗したらどうするんだ?」
俺の胸の中で姫川が答える。
「大丈夫。心配していないよ。司君がきっと助けてくれるから」
俺の心拍数は急上昇。
もし、ここに血圧計があれば恐らく異常値が出るだろう。
ここまでされたら、俺だって考えなければならない。
昨夜母さんから聞いた父さんの話。恐らくあれは俺に対しての忠告だと思う。
一昨日の夜、姫川と母さんは一緒に寝ている。
その時に二人で色々と話していたに違いない。
遠まわしに母さんは俺に対して忠告してきたんだ。
今の姫川は昔の母さん。そして、俺が父さん。
姫川はきっと俺に対して行動しているんだ。
そして、俺は今まで答えを出さなかった。自分でも気が付いた気持ちを殺していた。
これから先、卒業まで今の関係のままでいいと思った。
そうするしかないと思った。それが当たり前だと思った。
昨日母さんの話を聞いて、俺は自分の中でもう一度考え直さなければならない。
姫川とどうしたいのか。
俺の胸の中に姫川はいる。
ブランコの件も事故だったから、たまたまだったからで済ませてはいけない。
以前の俺だったら躊躇なく、すぐに姫川から離れてそのまま帰路に着いただろう。
しかし、今の俺は違う。昔の俺じゃないんだ。
自分の道は自分で作る。自分で作ったルールも変えていけばいいんだ。
卒業まで待つのか? 何の為に待つ? 自分の為か? 姫川の為か?
いや、待たなければいけない事自体、ただの思い込みだ。
卒業まで待つ意味は本当にあるのか?
母さんも言っていたじゃないか。
昔に戻って、もっと青春時代を楽しみたいって。
俺と姫川は今が青春時代なんだ。
そう、過ぎた時間は戻らない。
だったら、今この場で青春時代の一ページを刻んでやる。
人生一度しかないんだ。
大人になって後悔する位だったら、今この場で後悔した方がいい。
鈍感かもしれない。
ぶっきらぼうかもしれない。
かっこ良いわけではない。
楽しい話もできない。
スポーツもそんなにできない。
そこまですごい取り柄があるわけじゃない。
でも、たった一人の、惚れた女を守っていくことはできる。
父さんも言っていた、男は女を守る生き物だと。
だったら俺も守って行く。この先、何があろうとも。
杏里。
俺は自分の中ではっきりと答えを出すよ。
いままで悪かったな。
母さん。
杏里の気持ちに答えを出します。
ありがとう。
父さん。
父さんができなかった事、俺は今実行するよ。
惚れた女を守る、良い大人になるよ。
雄三さん。
えっと、後で説明しに行きます!
なので今はスルーさせてください!
「杏里……」
「司君……」
俺は胸の中にいる杏里を見つめ、杏里も俺に答えるかのように俺を見つめている。
俺達は瞬きする事無く、互いに見つめ合っている。
「杏里。いつからか、俺の中に杏里がいる。ずっと杏里と一緒にいたい。俺と一緒にいてくれるか?」
少し涙目になりながら杏里の顔に微笑みが。
そして、瞼から頬に涙が伝わり、一筋の線になる。
薄暗い明かりの中、月の光が涙に反射し、杏里をより一層美しく魅せる。
「……大好き。そのセリフが本気だったら今ここでキスして……」
月が照らす公園の中、俺達はそっと唇を重ねた……。
初めてのキスは、ほろ苦いコーヒーの味。
月の光が俺達を照らし、ささやかに祝福してくれている気がした。
以下作者の独り言。
余韻に浸りたい方はしばらくたってからお読みいただければと思います。
なお、読まなくても本編には全く関係ありません。
読者の皆様、ここまでお読みいただきありがとうございます。
作者の紅狐でございます。
勢いでここまで執筆してきましたが、何とかくっつきました。
矛盾点、納得がいかないところ等、作中に多々あると思います。
大変申し訳ありません。作者の力不足です。
しかしながら、多くの方々に応援をいただき、ここまで書くことができました。
ブクマや評価本当にありがとうございます。
そして、感想やコメントなど、たくさんの方々に支えられここまで続きました。
その応援が、書くことによって反応があったからこそ、ここまで来ることができました。
本当にありがとうございました。
そして、この先二人の実った恋を作者は応援していきたいと思います。
恐らくここまでが第一部で、この先が第二部になるような気がします。
テストも映画も夏イベントも、まだまだ予定があります。
杉本さんとかこれからどうなるんでしょうね。
作者も今からこの先が楽しみです!
そして、読者の皆様にお願いがあります。
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それでは、ここまで長い時間を費やし、読んでいただけた読者の皆様。
本当にありがとうございました。第二部で会いましょう!
お疲れ様でした!




