恋話
今夜はカレーだった。母さんの作るカレーは絶品だ。
今日も三人で食卓を囲み、楽しい夕食の時間が流れる。
「お義母さんの作るカレーはおいしいですねっ」
「そうかしら? でも、カレーってその家の個性が出るのよね」
俺は無言で二人の会話を聞いている。
自分の気持ちを自覚してしまい、姫川と今までと同じように接することができない。
「司。あんたさっきからひたすら食べてるけど、カレーは飲み物じゃないんだよ?」
そんな事は分かっている。だが、これで三杯目だ。普通においしいからいいじゃないか。
それよりも姫川を直視できない。動揺している俺がいる。
母さんは昨夜、姫川と同じ部屋で寝たので俺は一人で寝ることになった。
今夜も一人で寝ることができれば、少しは気持ちの整理もできるだろう。
今夜が勝負だ。明日の朝にはいつもの俺がいる、はず……。
「母さんの作るカレーがおいしいので、ついつい無言になってしまうだけです」
「何その言葉使い? 熱でもあるの?」
カレーを食べながら不安そうな目で俺を見てくる姫川。
やめてくれ、その目を俺に向けないでくれ。
「司君、大丈夫? 体調悪いの?」
悪くないっす。元気そのものです。
姫川を直視できない、その目を真っ直ぐに見れないだけだ。
「いつも通りだ。特に、なんでも、ない……」
「本当に?」
姫川の手が俺のおでこを触ってくる。
だから、その天然な行動が、俺の調子を崩す原因なんですよ。
今まで起こらなかった、感じなかった感情が自分の中で沸き起こる。
「おかわり!」
俺は四杯目のカレーを盛る為、席を立つ。脱出成功だ。
そして、俺の背中には二人の目線が突き刺さってくるのを感じる。
「まぁ、食欲もあるし大丈夫だね。あ、あと今日は三人で寝ようか」
俺の手からしゃもじが落ちる。たった今衝撃的な言葉を聞いてしまった。
「え? 三人ですか?」
姫川も疑問に思ったのだろう。当たり前ですよね。
「そう。今日スモークしたんだけど、二階からまだ少し匂いが抜けてないんだよね。明日には抜けると思うから、今日だけね」
逃げ場が無くなった。俺はどう切り抜けるか頭をフル回転させながらカレーを盛る。
肉を多めに。あ、福神漬けも追加しようかな。
「俺はソファーで寝るから、二人は俺の部屋で寝てくれ」
一応、回避策を提案してみる。
そして俺の皿には四杯目のカレーが。
「だったら、私がソファーで寝ますよ」
「えー、母さんは司と杏里ちゃんとみんなで寝たいのにー」
意見がバラバラですね。
「俺のベッドはダブルサイズだろ? 二人で寝たらいいじゃないか。俺はソファーでいい」
「ダメですよ、怪我しているのにソファーで寝るなんて」
「だったら、あみだくじで決めましょう。ここは公平にねっ」
母さんは変な提案をしてくる。
こういう時の母さんに何を言っても無駄だ。
自分が楽しいと思ったら、とことんやるタイプなのだ。
「母さんに任せるよ……」
――
第一回どうやって寝ましょうかあみだくじ大会! 結果発表。
どうしてこうなったのかは分からない。母さんが仕組んだのか、それとも偶然なのか。
そもそも、発案者の作成したあみだくじをそのまま使ったのが間違いだろう。
が、まだ妥協できる結果になった。
俺のダブルベッドには姫川、母さん、俺の三人が寝ている。
もともと大きめのベッドだし、母さんも姫川も小柄なので、何とか寝れる。
が、少し狭くありませんか?
「何だか楽しいよね! 修学旅行みたいじゃない?」
「そーですねー」
返事は適当に返し、すでに布団にもぐりこみ寝に入いろうとしている。
姫川も同じく、反対側の布団に腰まで入った状態だ。
「んもぅ、せっかくなんだしさっ! 恋話でもしようよ!」
なぜ親と恋話しなければならない?
「お義母さん、昨夜結構話しませんでした? その、色々と……」
昨夜は二人で結構話しこんだのか?
姫川の言葉から推測すると、すでに二人はそれなりに仲良くなっているようだ。
「えー、良いじゃん。恋話楽しいしさっ!」
恋か……。恋ってなんだろうな。
好きとか、嫌いとか、一緒にいたいとか、誰にも取られたくないとか。
恋愛ってゲームだと思っていたけど、実はそうでもないのかな……。
「じゃぁさ、今日は私が話すよ。私と、お父さんの恋話。でも、お父さんには内緒だよ?」
おっと、そう来ましたか。
確かにそれは気になる話ですね。いままで両親の話とか聞いたこと無いし。
プロポーズは父さんからしたとか、式はどこで行ったとかは聞いているが、実際のなれ初めは聞いていない。
よし、参考程度に聞いておこう。あの悪役のような父さんと、いまだ女子高生のような母親の恋。
どうやって出会い、どうやって付き合い、結婚したのか。
「そ、それは私も気になりますね……。是非、聞かせてください」
「まぁ、母さんがどうしても話したいと言うなら、聞くよ」
母さんが電気を消し、常夜灯のみが部屋を照らす。
まだそこまで遅くない時間。俺達は三人同じベッドに入り、真ん中にいる母さんの話を聞き始める。
「ふふふ……。じゃぁ、まずはどこから話そうかなっ!」
一人はしゃいでいる母さん。
その隣には息子の俺、反対側には姫川がいる。
母さんから見たら俺達は同じ年の息子と娘になるのだろうか?
それとも……。
「よし、じゃぁ、まずはやっぱり出会いからだねっ」
こうして夜の恋話が始まった。
明日の朝は、少しゆっくり目に起きよう……。




