ケッコン
――ピピピピピ
毎朝お馴染みの音で目が覚める。
目を閉じたまま、鳴り響くアラームを止めるべく、手探り状態でスマホを探す。
ふと、手に何か柔らかい何かに触れる。
その柔らかい何かを握ったまま、俺の脳は覚醒していき、目をうっすらと開ける。
視界に入ってきたのは、少し寝癖の付いた姫川。
ベッドの横に座っており、微笑みながら俺の方を見ている気がした。
そして、目線を自分の手に向けると、姫川の手を握っている。
どうやら手をベッドの上に置いていたようだ。
一気に脳が覚醒した。
姫川の手を握っていた自分の手をスマホに移動させ、いまだ鳴り響くアラームを止める。
「お、おはよう」
俺は少しドキドキしながら、布団に入ったままの状態で姫川に声をかける。
「おはようございます。痛みはありませんか?」
薄暗い部屋の中、姫川の可愛い声が耳に入ってくる。
毎朝こんな声を耳元で囁かれたら……。
「痛みはほとんどない。何時からそこに?」
「ほんの数分前ですよ。きっといつもと同じ時間に起きると思ったので」
立ち上がった姫川はカーテンを開け、部屋に光が入って来る。
昨日は少し遅かったせいか、少し体がだるい。
「今日はゆっくりしていて下さいね。朝の準備は私がしますので」
布団をたたみ始める姫川。
朝の準備とはきっと朝食の事だろうか。
それだけは阻止しなければ!
「いや、俺も一緒にするよ。朝食も簡単にできるし」
俺も起き上がり、布団をたたみ終わった姫川と一緒に洗面所に向かう。
顔を洗い、うがいをする。鏡を見ると、俺と姫川の二人が並んで見える。鏡に写った自分を眺める、髪型に違和感を感じる。
そのまま目線を姫川に移す。
姫川は手グシで髪を整え、寝癖を直していた。
「着替えてきますね」
「ああ、わかった。俺は着替えたら朝食の準備しているな」
「分かりました。無理、しないでくださいね」
階段を駆け上がっていく姫川。
恐らく戻るまで二十分はかかるだろう。
俺は早歩きで自室に行き、若干痛みのある指をかばいながら服を着替える。
通学用のバッグを開き、今日のコマを確認する。
良し、問題ない! さて、朝ごはんの準備を!
急いで台所に行くとすでに姫川がいる。
早くないですか? もしかして、俺が時間かかったのか?
「今朝は何にしますか?」
姫川は制服の上からエプロンを身に着けている。
準備が早く、すでにスタンバイ状態。
しかし、エプロン姿が良く似合いますね。
「あー、今日はトーストとフルーツヨーグルトでいいかな?」
「随分簡単ですね。卵でも焼きます?」
「そうだな、卵くらい焼くか」
「では、私が焼くので、天童君はそれ以外をお願いしますね」
姫川が冷蔵庫を開け、卵、ヨーグルトなどを準備する。
俺は茶箪笥からパンとフルーツ缶を準備する。
姫川は焼くだけ。俺はパンを焼いて、ヨーグルトとフルーツ缶を混ぜるだけ。
パーフェクト。問題なく今日もミッションクリアできそうだ。
トースターに食パンを入れタイマーセット。
そして、ボウルにヨーグルトを入れ、いざフルーツ缶を開けようとする。
右手に缶切り、左手にフルーツ缶。あれ? もしかして、この指だと難しい?
少し困惑していると、姫川がそっと俺の右手を支えてくれた。
「これで開けられますか?」
「悪いな……」
俺の腕に姫川の胸が少しだけ触れる。
俺は動揺しているそぶりを見せないように、無心にフルーツ缶を開ける。
恐らく姫川は気が付いていないのだろう。
ここで俺が何か言えば、姫川が傷つくかもしれない。
『女子の胸に触れるなんてサイテーですね!』
『全く、そんな事考えていたんですかっ!』
とか。よし、何も言わずになかったことにしよう。
「後は混ぜるだけですね。卵もソロソロ焼けますよ」
――
目の前にはこんがりといい匂いのするトースト。適度なフルーツがミックスされたヨーグルト。
そして、黄身が崩壊し血痕のような形で焼き上がった目玉焼き。
「おかしいですね。なぜこんな形に……」
「見た目はともかく、味は大丈夫だろ?」
俺達は早速朝食をとる。
姫川の焼いた目玉焼きは、見た目こそ痛々しいが味に問題はない。
着々と成長していますね、先生嬉しいです!
「味は大丈夫ですが、今度目玉焼きの作り方見せてくださいね」
「そうだな、いつでも教えてやるよ」
こうして朝食の時間も過ぎ、日課であるジョギングをしない分時間に余裕ができてしまった。
「少し早いけど、学校行くか?」
「そうですね、いつもより早いので今日は二人で登校しましょうか?」
「なぜそうなる? 別々でもいいだろ?」
互いにメリットが無い状態。しかも、面倒事になるかもしれない。
だったら初めから別々に登校すればいいだけだ。
何故ここでリスクを負わなければならない?
「登校中に何かあったら大変じゃないですか。いつもより登校時間が早いので、大丈夫ですよ。天童君の思っている事にはならないと思いますよっ」
俺の返事を聞かないまま、姫川は部屋を出ていき、通学用のバッグを持ってくる。
これは強制イベントってやつですね。まぁ、ずいぶん時間もずれているし、今日くらい大丈夫だろ。
「じゃ、さっさと行くか」
「はいっ。行きますかっ」
俺達は二人並んで初めて一緒に登校する。
同じ家を出て、同じ学校、同じクラスに向かう。
少し照れ臭いが嬉しくもある。
姫川はどう思っているのだろうか。
姫川は昨日『楽しんでいる』って言っていた。
俺も結構楽しんでるよ。
初めは不安だったけど、今は楽しんでる。
これって、言葉で伝えた方がいいだろうか?
玄関を開け、鍵を締める。
「「いってきます!」」
俺達の今日は、今から始まる。
明日もきっと同じように始まる。
でも、姫川と過ごす日々を、俺は毎日大切に過ごしたい。
かけがえのない、一度しかない今日だから。
「よっしゃ、今日も一日がんばりますか!」
「頑張りましょう!」
そして、俺達は駅に向かって歩き始めた。




