入刀
パスタを頬張る姫川を横目に、渡された紙をゆっくりと開く。
中には表が書かれており、バイト先のメンバーが書かれている。
俺にとってはお馴染みになったシフト表だ。
恐らく姫川がシフトに参加することになったので、変更になったのだろう。
確かに変更点を電話連絡してもらっても、確認するのがめんどい。
自分のシフトを確認したが、ほどんど変更点はない。
が、一か所だけ変更点があった。
「なぁ、俺の休みが一日増えているんだが、何か聞いているか?」
「その日ですが、店長に話して私と天童君を休みにしてもらったんです」
シフトにかかれている姫川のスケジュールを見ると確かに二人とも休みになっている。
土曜に二人休む事になっているが、シフトは大丈夫なのか?
「なんで俺達休みなんだ?」
キョトンとした目で俺を見てくる姫川。
浅めのため息をついて、手に持っていたフォークをテーブルに置く。
そして、身を乗り出し、俺の持っているシフト表に書かれている日付を指さしてくる。
「この日、何の日か覚えていますか?」
うーん、この日何かあったっけ?
少し考えたが心当たりがない。
「えっと、この日何かあったっけ?」
再び姫川が日付を指さす。
「映画ですよ! 試写会の予定日です!」
あ、忘れてた。
次に出勤した時に店長に休めないか相談しようと思っていたんだっけ。
「よく二人とも休みが取れたな。店長怒っていなかったか?」
席に戻った姫川は得意げに話し始める。
「試験の点数によっては、この日に何かあるかもしれないので、念の為休ませてもらえないか話してみました」
た、確かにテストの点数によって、みんなで映画に行くかもしれないが、肝心の所は伝えていないのですね。
店長からみたら、テストの結果によって追試になるかもしれないと読みとってしまうぞ。
「そ、そうか。それで店長は何か言っていたのか?」
「えっと、『天童は点数まずいのか?』と聞かれたので、『ギリギリかもしれません』と言っておきました。もちろん、私の点数に届くかどうかという意味でギリギリと言ったんですけどね」
姫川さん……。もしかして結構やり手ですか?
確かに嘘はついていない、だけど言葉足らずじゃないですかね?
「わ、わかった。でも、店長に気を遣わなくていいぞ。結構こっちの状況を理解して、休ませてくれるし。次からはありのままに話してくれ」
「分かりました。次からそうしますねっ」
「でも、悪かったな。俺の代わりに店長に話してもらって」
「そんな事無いですよ。学校関係では、私も天童君も同じですし、早く店長に話した方がいいと思って」
「確かにそうだな。ありがと、助かったよ」
本当は俺がシフト調整する予定だったのに、姫川に対応してもらってしまった。
結構行動が早いと言うか、以前よりも行動力が増してきた気がするな。
俺はシフト表を手に持ち、自室に移動する。
部屋に貼り付けているシフト表を交換し、スマホでシフト表の写真を撮っておく。
ダイニングに戻るとパスタを食べ終わった姫川は食器を片付け、ヤカンに水を入れ、お湯を沸かし始めている。
早速ケーキを食べる気ですね。
「ごちそう様でした。パスタおいしかったですよ」
笑顔を俺に向け、台所に立っている姫川。
つい最近まで一人でいた台所は冷たく感じたが、今は温かく感じる。
これが下宿のいい所なのか。家に温かみを感じる。
「それは良かった。もし、夕飯とかリクエストあったら教えてくれ。今度一緒に作ってみようか」
「はいっ! よろしくお願いします」
俺の方を向き、軽く頭を下げてくる姫川。
ちょっと照れくさいし、体がむずむずする。
「よし! ケーキを食べよう! 全部半分にするぞ!」
俺はまな板と包丁を準備し、ケーキを冷蔵庫から取り出す。
白い箱を空けると、ケーキが三個。
ショートケーキ、チーズケーキ、モンブラン。
ちなみに俺はモンブランが一番好きだ。
姫川は何が好きなんだろ?
「なぁ、この三種類だったら何が好きなんだ?」
一緒に箱を覗き込み、中身を確認する。
「私はショートケーキが好きですね。大きなイチゴが乗っているショートケーキが特に。天童君は?」
「俺は断然モンブランだ。そしてでっかい栗が上に乗っているモンブランが最強だな」
「私はイチゴで天童君が栗。ケーキの上に乗っているのが好きなんですね。私達似た者同士ですね」
互いに目線を交わし、少しだけにやける。
早速ケーキをまな板に移動させ、カットインしようと包丁を手に取る。
頭に『ケーキ入刀。二人の初めての共同作業です!』と勝手に脳内アナウンスが流れる。
そんな事はない! 包丁は俺が一人で持っているし、そもそもホールケーキじゃない。
そういえば、あのウェディングケーキってカットできる所だけ本物で、あとは作り物らしいんだよな。
もし、全部食べられるケーキを準備したら食べるのも大変だし、何より高そう……。
ウェディング……。花嫁……。姫川のウェディングドレス姿……。
ほんの数秒そんな妄想をしてしまった為、俺の体は動きを止めてしまった。




