今日も一日頑張ろう!
ソファーに座り姫川の方を見ながら俺は、はっきりと姫川に伝えた。
俺は責任を持って姫川を下宿させよう。
まだ経験も浅く、頼りないかもしれないが、管理人としての責任を持ち、姫川のサポートをする。
下宿したから成績が落ちました! などと言う事を起こしてはいけない。
そして食事が最も重要。
バランスよく、食べて楽しい食事を考える必要がある。
いままで自分一人だったので、何となく適当になりがちだったが、今よりも気を使おう。
姫川は女の子なので、俺と同じメニューだときっとバランスが悪くなる。
野菜や果物、使用する油にも気を使わなければ……。
意外とやる事は多いかもしれない。
しかし、雄三さんに撤回してもらうためにも、自分の為にもやらなければ。
「心配するな。たとえ、何があっても俺は責任を持って対応する」
真面目な顔をして、姫川に俺の意思を伝える。
相変わらず姫川は固まったまま動こうとしない。どうした? 笹かまがおいしくないのか?
「わ、私は!」
叫んだとたん、足に力が入ったのかソファーが勢いよく沈みかけた。
そして、隣に座っていた姫川が俺の胸に飛び込んできた。笹かま片手に。
落ち着け俺。これは事故です。
しかし、俺の胸の中に姫川の顔が。髪からほんのり漂ってくる石鹸の香りが俺を襲ってくる。
そして何より、お腹辺りに当たるやわこい感触。これって、あれですよね?
慌てて顔を上げる姫川。
さっきより顔が真っ赤になっており、耳まで赤い。
「ご、ごめんなさい!」
俺は動揺しながらも、何か返事をしなければいけない衝動に駆られる。
早くこの場を平常にさせなければ。どうかして姫川と離れないと……。
もう時間も遅い、早く風呂に入って、今日はもう寝よう。色々と疲れました。
俺は片手で姫川の肩を掴み、姫川の体を起こす。
思ったより軽い。姫川は起き上がり、ソファーに座りなおした。
「あ、ありがと。ごめんね、痛くなかった?」
「大丈夫だ。でも、気を付けてくれ。危うく笹かまを落とすところだった」
動揺を隠しつつ、笹かまでカモフラージュし紳士の仮面をつける。
俺の鼓動は早く、もしかしたら背中に変な汗も出ているかもしれない。
姫川はそのまま立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「今日はもう、お風呂に入って寝ますね。ちょっと疲れました」
「そうだな、俺も疲れた。風呂、上がったら教えてくれ。俺も入って寝るわ」
リビングの扉を開け、姫川が部屋を出ていく。
扉が閉まる直前、少し開いた扉の隙間から姫川の背中が見えた。
「責任、とって下さいね……」
小さな声でやや扉越しだったが、確かにそんなように聞こえた。
その後、すぐに扉は閉まり、階段を駆け上がっていく音が聞こえる。
責任ね……。俺にどこまでできるかわからない。
これから何をしなければならないのかもぼんやりだ。
予定では一年位、色々と準備してから下宿してくれる人を探す予定だったが、ちょっと予定がずれた。
まぁ、早くなったことも、下宿人が見つかった事もメリットと言えばメリット。
だが、圧倒的に俺自身の準備が足りない。そこは姫川に我慢してもらいつつ、両親を頼らせてもらおう。
父さんとの約束。高校卒業までにクリアして、何としても……。
ソファーに寝ながら笹かま片手にこれからの事を考える。
――
く、苦しい。口に何かが入ってくる。
何だこの感触は……。い、息ができない。いったい何が起きている……。
ぼんやりとした視界が次第にはっきりとしていく。
目の前には頭にタオルを巻いたパジャマ姫川がいる。
かなりの至近距離で俺の顔を覗きこんでいる。
あ、せっけんの香りが……。
そして俺の脳は次第に覚醒していき、状況を判断し始める。
ソファーに寝ている俺。風呂上りの姫川。
そして、俺の口に突っ込まれている笹かま。なぜ笹かま?
「起きました?」
姫川が俺に手を差し出す。
その手をとりソファーから起き上がった俺は、口に入った笹かまを食べ始める。
「おふぃた」
喉を通り越した笹かま。やっと通常呼吸ができるようになり、発音も平常運転に入る。
「何しているんだ?」
隣に座った姫川の手には牛乳の入ったコップが握られている。
「お風呂あがって、呼びに来ましたが無反応。ソファーで寝ている天童君を発見したので、手に持っていた食べかけの笹かまを口に入れてみました」
笑顔で答える姫川。牛乳を飲む風呂上りの姫川にドキッとするが、だんだん俺にも耐性がついてきた。
初日ほど動揺していない。成長しているな俺。
「普通に起こしてくれ。窒息死するじゃないか」
「大丈夫です。笹かまでは死にませんよ。お風呂、空きましたよ」
「ありがと。んじゃ、俺も風呂入ってくるわ」
姫川をソファーに残し、風呂場に向かう。
やっと一日が終わる。長かったな。
ここ数日でしばらく会っていなかった父さんや、姫川の父さんに会った。
そして、うちに一人住人が増えた。これは俺にとってチャンスだ。
出来ない事をできるように、知らない事を知るチャンス。
経験値を積んで、レベルを上げていこう。
――
翌朝、いつものように起き、二人で走ってから朝食の準備をする。
今日の朝食は笹かまだ。
簡単に二人で調理して食べ終わり、姫川が学校に向かう時間となる。
「では、先に出ますね。行ってきます」
「おぅ。気を付けてな。行ってらっしゃい」
何気ない会話。でも、こんな会話が新鮮で微笑ましいと感じてしまう。
毎日がこんな感じだったら、当たり前になってしまうのだろうか?
そんな事を考え、学校に向かう準備をする。
どれ、俺も行くかな。
よっしゃ、今日も一日頑張ろう!
ふと思う。いままでそんな事を思って家を出たことはない。
この変化はきっと姫川の影響だと思われる。
この先もきっと俺は変わっていくだろう。
きっと成長できる。
俺は勢いよく玄関の扉を閉め駅に向かって歩き始めた。




