デザートはうさぎ
夕食を無事にすませ、食器を下げる。
「リンゴ買ってきたけど食べるか?」
「食後のデザートですね。食べます」
俺は包丁片手に、リンゴをむこうとする。
が、隣に姫川がやってきて俺の手からリンゴを奪う。
「私が」
さっきの肉じゃがが上手くできた事で何かの火が付いたのか。
勢いよく奪われたリンゴは姫川の小さな手の中に。
まぁ、リンゴ位なら誰だってむけるだろ。
「じゃぁ、任せた。俺、風呂準備してくるわ」
台所を後に、風呂場に向かい浴槽をさくっと洗う。
下宿と言っても大浴場ではない、至って普通。少し広めの脱衣所と洗い場ではあるが、そこまで広くはない。
大人二、三人が一緒に入ったら限界だろう。それに結構古いので、出来ればリフォームしたい。
「こっちは終わったぞー」
台所に戻ると姫川は雑誌を読みながら待っていた。
「完璧です」
お皿の上にはウサギと姿を変えたリンゴがあった。
合計八匹。そのお姿は若干いびつではあるが、決して崩壊した姿ではない。
全てがウサギに見える。俺は一匹手に取り、口に運ぶ。
シャクリ。うん、味は全くリンゴそのもの。
その素材を生かした完璧なウサギさんだ。問題なく、むしろおいしくいただける。
「うまいな」
俺が一言姫川に伝えると、姫川も一口食べる。
「うん、おいしいね」
なぜか、俺の方をずっと見たまま、姫川はウサギさんを食べる。
ずっと見られているのはちょっと気になるというか、恥ずかしいと言うか……。
「何見てるんだ?」
「天童君の食べている所」
「なんでだよ」
「私の力だけでできた物を食べてるから」
「勝手にしろ」
俺は、もう一つのウサギを口に席を立つ。
洗い物もそろそろしておいた方がいいだろう。
スポンジに洗剤をつけ、使用した食器を洗い始める。
「それにね」
背中越しに姫川が話してくる。
「誰かと一緒にご飯食べて、デザート食べて、おいしいって言われて」
食器を洗っている手が止まる。
「一人の時はそれでいいかなって思ったけど、やっぱり誰かと一緒に食べるのもいいなぁーって」
席を立つ音が聞こえる。
腕をまくった姫川が俺の隣に来た。
「さて、一緒に洗い物済ませましょうか」
俺は少しにやけながら、皿を洗い始める。
「あぁ、任せた」
「はい、任されました」
流れ作業で使用済食器は綺麗になり、拭かれた食器は洗いカゴに移動されていく。
二人で行う作業は効率が良く、サクッと作業は完了した。
皿の上に乗ったウサギも胃の中に消え、本日の夕食と言うイベントは幕を閉じた。
明日は無事に学校へ行くことができるだろう。
「天童君、先にお風呂入ってもいいかな?」
出遅れた。出来れば今日は先に入ってゆっくりしたかったのに!
ここで『俺が先に入る』と言った場合どうなる?
と言うか、管理人として、住人を優先させなければダメではないのか? とふと思う。
「そろそろ沸くと思うから、温度確認して問題なかったら入っていいぞ」
「ありがと。あと、洗濯機って夜使っても大丈夫?」
「大丈夫。流石に深夜は困るが、十時前だったらいいぞ」
「ありがとう。じゃ、また後でね」
台所から出ていく姫川。階段をかけ上げっていく音が聞こえる。
俺は明日から学校が始まるので、先に学校の準備でもしておくか。
自室に戻り通学用のバッグを片手に、授業の内容を確認する。
――ブルルルルルル
スマホの振動音が体に伝わってきた。ん? 着信か?
ポケットからスマホを取り出し、画面を見る。
『父』と画面表示されている。
昨日話したばっかりだが、何かあったのか?
「はい、司です」
電話に出ると、ほんの数秒向こうの反応が無かった。
『司、一体何をした?』
意味がわからなかった。何をした?
「何をって、なんだ?」
『さっき今井さんと言う弁護士から電話があった』
その件ですか。そういえば連絡するのすっかり忘れていました。
ごめんなさい。
俺は簡単に事のいきさつを話し、今井さんに父さんの連絡先を伝えたことを話す。
「……と言う事です。連絡忘れてごめんなさい」
『今度今井さんと一緒にそっちへ行くから。向かう前に連絡を入れる。以上だ』
一言最後に話そうとしたが、その前に切られた。
相変わらず用件しか伝えない父さんだ。
まぁ、余計な事を長話するのも嫌だし、俺にはこの方が良い。
しかし、今井さんと父さんが一緒に来ることになるとは……。
まぁ、いいか。来たら来たで、何とでもなるか。




