夕飯の準備
「天童君、これはここでいいかな?」
「あー、いいんじゃないか?」
俺は今、姫川の部屋にいる。
姫川の買い物に付き合い、フラフラしながらやっと先ほど解放された。
荷物を姫川の部屋に入れ、取り急ぎカーテンだけ取り付ける。
まだまだ袋の中は空っぽにならないが、日も暮れ始めた。
と言うか、なんでこんなに買う物があるんだ? 初めから買いすぎじゃないのか?
そんな事を考え、買い物中の姫川に聞いてみたがどうやら全て必要らしい。
買い物をするときに『必要なもの』『欲しいもの』をしっかりと分けておかないと、余計なものを買ってしまうからだ。
お嬢様には必要なアイテムが多いんだな。
「なぁ、今日はこの位にして続きは明日以降にしないか? そろそろ夕ご飯の準備をしたいんだが」
姫川は買ってきたカーテンを取り付けるため、椅子に乗っているがさっきからフラフラしている。
俺が取り付けをしようとしたら、自分でできることは自分でしますと断られてしまった。
背伸びをすれば俺には簡単に付けられるカーテンも、姫川の身長では到底届かない。
自分でやるという心意気は素晴らしい。仕方がないので、しばらく見守る事にした。
だがしかし、さっきから姫川の太ももが目の前をちらちらと。
分かっているとは思うが、男は悲しい生き物なんだな……。
「もうそんな時間なんですね。何か新鮮で、楽しくて。時間が流れるの早いですね」
姫川が椅子から降りようとした時、不意に足を滑らせ椅子から落ちそうになった。
「危ない!」
俺はダッシュで姫川のフォローに入る。
姫川を腕で支えようとした時、俺は自分の足も滑らせ、椅子の手前でうつ伏せ状態になってしまった。
そして背中に姫川の全体重と落ちた時の勢いが全て乗っかってくる。
「ぐぇっ」
俺は声にならない声を出してしまった。
「ご、ごめんなさい。天童君大丈夫?」
俺の背中に座り込んでいる姫川が顔を覗いてくる。
その前に早くどいてほしい。重いとは言えない。
「だ、大丈夫だ」
立ち上がった姫川を横目に俺は若干涙目になる。
痛いとは言いたくない。だが、涙が勝手に出そうになる。
俺は姫川の方を見る事もなく、背中を押さえつつ、部屋を出ようと歩き始めた。
「俺は夕飯の準備に入る。何かあったら呼んでくれ」
「うん、わかった。本当に大丈夫? 痛かったら遠慮なく言ってね?」
痛いと言っても痛みは引かない。大人しくしている方がいい。
後で湿布でも貼っておくか……。
俺は姫川の部屋を出て、台所に移動する。
台所の椅子に座り、テーブルに寝そべる。背中が痛い。
思ったよりピキッときている。右手を痛みの出ている所まで持っていき少しさする。
だが一番痛いところまでは届かない。無理だ。でも、少しだけ痛みが引いてきた気がした。
――ガチャ
急に扉が開いた音がした。
顔だけ扉の方を向けると姫川がいる。
「ほら、やっぱり痛いんじゃないですか」
俺の隣にやってきた姫川はその右手を俺の背中に当て、優しくさすってくれた。
自分ではどうしても届かないところをさすって貰うと、やっぱり少しだけ痛みが引く。
「ごめんなさい。痛かったでしょ?」
背中をサスサスされながら俺は答える。
「あぁ、痛かった。でも、大したことじゃない。すぐに痛みはひくさ」
ほんの少しだけさすって貰ったら痛みはほとんどなくなった。
本当に大したことじゃなかった。良かったと思う。
「ありがとな、痛みはなくなったよ。もう大丈夫だ」
「良かった。私のせいで入院とかされたら、大変ですからね」
俺の背中から温かい手が離れ、姫川は俺の対面に座った。
ふと姫川が台所の時計に目をやる。
「もうこんな時間なんですね。じゃぁ、夕ご飯は私が作りますねっ!」
腕まくりした姫川の腕は細い。きっと力コブとかでないんだろうなと、思いつつ俺は背伸びをする。
「いや、俺が作るよ。何かリクエストあるか?」
「天童君は休んでいてください、それに今日は私の当番ですよ?」
今朝の事を考え俺の脳はフル回転する。姫川一人に任せたら危険だ。
明日は学校なので、出来れば万全の体調で登校したい。
「よし、当番制をやめよう。一緒に作るって事にしよう」
「い、一緒にですか?」
「そうだ。一緒に作った方がお互いの作り方も分かるし、勉強になるだろ?」
「確かにそうですね。料理、私に教えてくれますか?」
俺は心の中でガッツポーズをした。
「もちろん」
二人で席を立ち、冷蔵庫を開ける。
すると俺と姫川の眼の前に不思議な光景が現れる。
「結構空っぽに近いですね」
「あぁ、結構とかではなく、ほぼ空っぽだな」
冷蔵庫の中をいくら眺めても空っぽに近い。
おかしい……。昨夜はもう少し食材があった気がするのだが、なぜだ?
だが、夕食をインスタント食品ですませるのは味気ない。
「買い物行くか」
「そうですね。買い物に行きましょう」
俺は今日は行きたくない最寄りの商店街に足を向ける。
少し離れれば大型スーパーもあるが、ちょっと遠い。
空には一番星も見え始めている。吹く風が少し冷たく、若干肌寒くなってきた。
この時間からスーパーに行くにはちょっと遅い。
背に腹は代えられぬ。行くしか無いのか、あの戦場に。
俺はエコバッグを肩にかけ、姫川と戦場に向かうのであった。




