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クラスで一番の美少女が俺と一緒に住むことになりました  作者: 紅狐
第一章 月が照らす公園の中で
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クマのぬいぐるみ


 赤い絨毯が敷かれている廊下を歩く事数秒。

急に立ち止まった姫川にぶつかりそうになったが、どうやら自分の家に着いたようだ。

廊下から玄関の扉まで少しスペースがあり、腰までの高さだが門が手前に付いている。

しかし、一点気になる。すでにその門の鍵は開いているのだ。


「誰かいるのか?」


 俺は気になって姫川に問いかける。


「多分、会社の方が自宅にいると思います」


 声に元気がない。恐らく、誰にも会わず荷物を運ぼうと思っていたんだろう。

まぁ、追い出した本人が先に部屋にいても不思議ではない。

多分仕事か何かで部屋に来ているんだろう。でも、勝手に入っていいもんなのか?


「今日までだったら荷物出してもいいんだろ?」


「そう聞いていますが……」


 何となく、俺は嫌な予感がした。

危険察知能力スキルを保有した覚えはないが、なんか違和感を感じてしまった。


 姫川が先に玄関を開け、自宅に入っていく。

俺も続くように姫川の後に部屋の中へ、玄関には男物の黒いローファー一足。

一人、先客がいるようだ。


「何しに来たのですか?」


 部屋の奥から低い男の声が聞こえる。

この靴の持ち主だな。奥の扉からスーツを身に着けた体格のいい男が俺達に向かって歩いてきた。


「に、荷物を取りに来ました」


 姫川は恐る恐る答えると、男はきつい目線で姫川を睨みつける。

その目線は俺にも移り、俺を睨んでくる。なにガン飛ばしてるんだ? こいつ。


「早く荷物をまとめて下さい。明日からはここには入れませんよ」


 そう言い放った男は奥の部屋に戻って行った。言葉使いは普通だが、浮かべる笑みの裏に、何か黒いものを感じた。

かなり怖いんですけど……。本当に普通の会社員さんですか?


 姫川は廊下の先にある部屋に入っていく。

俺も後を追い、同じ部屋に入る。


「なぁ、昨日姫川を追い出したのは今の人なのか?」


「えぇ、今の人よ」


 持ち出す私物を整理しながら、部屋にあった段ボールに詰めていく姫川。

なぜか、部屋には物色された跡がある。人事部って私物も漁るもんなのか?


 不意に目に入ったぬいぐるみ。

ゲームセンターでとれる、人気のクマだ。


「あー、これ知ってる。熊のチョーさんだろ? 好きなのか?」


 手を止め、俺の方に歩いてくる姫川。

クマのぬいぐるみを手に取り、俺に手渡す。


「もらいものよ」


 手に持ったクマさんはそれなりに重い。しかし、ゲームセンターで実物を持ったことがあるがこっちのクマさんはそれよりも重く感じた。

個体差か? クマをまじまじと見る。そして、俺は気が付いてしまった。

片目だけ色が違う事に。あれ? このクマシリーズってオッドアイとか出していたっけ?


「姫川、このクマちょっと抱きしめていいか?」


 若干嫌な目をしながらも、姫川は頷く。

俺は力強くクマを抱きしめる。それはクマの形が変わるくらい、力強く抱きしめてやった。

やっぱりな……。


「このクマ抱きごごちいいな」

 

 ジト目で俺の事を見る姫川。その目線は非常に痛い。


「そんなことしないで手伝ってくれるかしら?」


「悪い。ちょっとさっきの人の所に行ってくる」


 俺は姫川の手伝いもせず、部屋から出て行き男の入っていた部屋をノックする。


「すんませーん! ちょっと聞きたいことがぁ!」


 軽いノックではなく、ゴンゴン音が出るように、力強くノックしたらすぐに男は出てきた。


「うるさいですね。何か用事でも?」


 勢いよく開けられた扉に荒れた部屋。

妙に丁寧な言葉使いと、それに合わない見た目。


「えっと、持ち出しちゃダメなものってありますか?」


 男に話をしながら、視界に入ってくる部屋の状況を確認する。

恐らく姫川のお父さんが使っている部屋だろう。書類が散乱し、パソコンも付きっぱなし。

戸棚の引き出しなども開けられており、まるで泥棒が入った後のような状況になっている。


「この部屋の物以外なら自由にどうぞ」


「分かりました。その胸に光ってるの会社の社章バッチですね」


「そうですよ。姫川産業の社員なら全員付けているバッチです。さ、はやく荷物をまとめてください。こっちも色々と忙しいんですよ」


 男は俺を追い出すように扉を閉め、俺の目の前から去って行った。

目的は果たした。早く姫川の所に戻らなければ。


 急ぎ足で姫川の所に戻る。


「姫川、ちょっと!」


 俺は姫川の腕をとり、部屋の壁隅に追い込む。

そして、壁ドン状態で姫川を覆い隠す。


「な、何するんですか!」


 驚いた姫川は俺の胸の中にいる。

俺の顔を姫川の肩の上まで移動させ、耳元でささやく。


「ちょっと静かに。大事な話がある」


「でも、こんな急に……」


「この家で絶対に持ち出したい物はあるか?」


「絶対に? えっと、母が使っていたカップとアルバム位ですけど、それが?」


「それを入れたら早くここを出よう。どこかで買える物は後回しだ」


「どういう事ですか?」


「理由は二つ。一つ、あのクマに盗聴器か隠しカメラか何かが入っていると思う。二つ、あの男は多分敵だ」


 びっくりした姫川の顔が少し怯えている。

いきなりこんなことを話しても信用されないだろう。話している俺だって半信半疑だ。


「敵って。なんで分かるんですか?」


「さっき、姫川のお父さんがつかっていた部屋を覗いてきた。何か書類を探していた。もしかしたら姫川のお父さんをはめた人かもしれない」


「そ、そんな。でも、私には会社で契約している家だからここから出ていくようにって」


「それも怪しいもんだ。ここに居たら姫川が危険かもしれない。早くここを出よう」


 壁ドンから解放された姫川は頬が赤くなっており、耳まで真っ赤だ。

あんな話をされたら誰だって感情が高ぶるだろう。俺だってドキドキしている。


 姫川はすでに入っている自室の荷物の上に他の部屋から持ってきた少しの食器と本棚にあったアルバムをバッグの中に追加で入れ、準備を終える。

帰ろうとした時、奥の部屋にいた男が俺達に声をかけてくる。


「明日以降は出入り禁止です。部屋のキーを預かりますよ」


 姫川はバッグに入れていたキーを男に渡し、俺達は早々にマンションを後にする。

俺は姫川のパンパンになったボストンバッグを片手に、急いでバス停まで移動する。

ここに戻る事はきっと無いと思う。バス停でバスを待つ間、ずっとマンションの上の方を見ている姫川は何を考えているのだろうか。


 親と暮らしたマンション、母との思い出が残った部屋を後に彼女は涙も流さず、何かを決意したように俺は見えた。


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