第51話 真相 中編 II
「そして、この演説が無かったら始まらなかったわ。写真に関してもインタビューにしてもこの演説が有ったから、あなたが先輩達の信頼を勝ち取ったから全てが上手くいったのよ」
あの演説が無かったら始まらなかった?
確かに先輩達は伝統を知りながらも俺の提案に快く乗ってくれた。
野球部の時でさえ始めは渋っていた先輩も居たけどいざ撮影となった時は凄く協力的になってくれた。
あれは朝の演説のお陰だったのか。
「当時私達もね、説得だけじゃなく現物を見せようかと計画してはいたのよ。でも当時実現する事が出来なかった」
「何故ですか? 絶大な人気を誇っていたと言われてる親父だったんでしょい? 一声掛ければ皆手伝ってくれるんじゃないんですか?」
親父もそこまで考えていたのか。
でも何故実現しなかったんだ?
「それはね、牧野会長は確かに絶大な人気だったんだけど、自分の敵には容赦無かったんで、恨んでいる人も少なからず居たわ。それに生徒会長となれば部費予算関係でも色々と有るからね。撮影自体は広報が担当するんだけど、それ程当時は生徒会=牧野会長だったの。だから部活動に関しては、独断でそこまで協力を仰げなかったのよ。それに当時は御婆様が直接目を光らせていたしね」
なるほど生徒会長って色々有るんだな。
俺はそんな事と無縁な何の柵も無い、先輩達の前で力を貸して下さいとお願いした新入生だ。
生徒会云々の前に、そんな俺だから先輩達が力を貸してくれたのか。
それに創始者が当時は現役だったのはお姉さんも言っていた。
強引な手を使えばいけたかもしれないが、創始者の目を欺くのは難しかったのだろう。
確かに今回は写真を撮る為のお膳立てが、全て整っていたのかもしれない。
「そして今回は、今までと大きく違う点があるの」
「違う点ですか? それは一体なんですか?」
「それはね、御婆様がずっと自分の所為と心を痛めていた美佐都の心が元に戻った事よ。しかもそれを成し遂げたのが牧野会長の息子のあなたなのよ? 御婆様の心が大きく揺さぶられて、きっと隙が出来るわ。こんな好機は二度と来ない。いや本来有る訳無いのよ。これは運命だわ」
学園長は鼻息荒くガッツポーズをしてそう宣言した。
確かに怖いくらいに条件が揃っている。
「去年は学園長が却下したらしいですけど、そもそも可愛がっている美佐都さんがお願いしたらコロッと言う事を聞いたりしないんですか?」
「無理ね!」
俺の疑問にきっぱりとそう言った。
「優先順位も有るんだけど、自分の罪悪感から可愛がるようになった曾孫よ? その事を盾にして部活写真を変えようなんて事をされたら御婆様は裏切られたと思って激怒されてしまうわ」
うっ、それは容易に想像がつくな。
もしそうなったら何を言っても無駄だろう。
「それもそうですね。それにそんな事で意思を変える位なら、そもそもこんな事にはなっていませんしね」
そうなったら、二度と創始者の心を解放するチャンスは訪れないだろう。
「それに去年までの美佐都では何もかも足らなかったわ」
「美佐都さんが足らなかった?」
「えぇ、思いも、それに言葉も。全部あの写真馬鹿が持って来た言葉の受け売りでしか無かったの」
「でも、美佐都さんは悲しい目で写真を見ている創始者の事を心配していたようですよ?」
「それは分かってる。けど、あの時の美佐都には本当に人の事を想うと言う気持ちが足りなかった。これは心を閉ざしていた弊害ね」
「人を想う気持ちですか……」
「ふふ、今は違うわ。牧野くんのお陰よ」
「えぇ! な、なんで?」
「ふふふ、橙子ちゃんの手前、まだ内緒よ。まぁ、そう言う事だから、去年は無理だったのよ。本当運良く私の所に先に相談に来たから良かったわ。いきなり御婆様の所に行ってたら詰んでたわね。今はまだダメ、来年に向けて準備しなさいと言い含めてね。本当にあの写真馬鹿ったら……」
あぁ~、学園長が萱島先輩の事を酷く言うのはこう言う事か……。
そこで心の解放をさせようとする美佐都さんと、それとなく失敗させようとする乙女先輩&桃やん先輩連合と言う今の構図が出来たのか。
でもそうなると、今年も俺が居なかったら学園長は止めさせていたと言う事だよな。
「あの~学園長。一つ聞きたいんですが、創始者の心の解放について、学園長はどう思ってるんですか? 俺がこの学園に来なかったら何もするつもりが無かった風にも取れるんですが」
そもそも何故、学園長は学生時代に自分を犠牲にしてまで伝統を変えようとしたのか。
その頃はまだ今の様に茶飲み話をするような仲では無かった筈だ。
「それはね~。そりゃあ解放させてあげたいとは思うんだけど、遺した物を守りたいと言う気持ちも分かるのよね~。それに元々御婆様の心を解放すると言うか、伝統を変えようとしたのは牧野会長と結婚を認めさせるためだし」
「は?」
親父と結婚する為?
あまりの事に頭が真っ白になる。
「あの~どう言う事でしょうか?」
「さっきも言ったけど、うちはね旧貴族の家系なのよ。しかも分家だったとは言え、今じゃ一応私が直系になるからね。なかなか結婚相手の条件が厳しかったりするのよ。当時の牧野会長では多分認められなかったと想う。だから御婆様の伝統に対する固定観念を破壊しようと頑張ったの。まぁ牧野会長には内緒だったけどね」
学園長はばつが悪そうな顔をしている。
少し話が見えてきたな。
「え~と、と言う事は結婚した後は必要無くなったから、しなくても良いって事ですか?」
ぶっちゃけて言うとこう言う事か。
その言葉に学園長は頭をぽりぽりと掻いている。
「まぁ、そうなんだけどね、……結婚しようと色々と頑張ったけどダメだったわ。……結局その所為で引き裂かれた。あの時にもっと牧野会長の事を……、信じあげてれば、結ばれた未来も有ったのかも知れないわね。今の牧野会長の実績なら御婆様も許可しただろうし……」
最初はおちゃらけてた学園長の顔がどんどん後悔の念によって歪んでいく。
「学園長……」
「牧野会長の力を信じず、勝手に焦って引き裂かれた。本当に馬鹿みたいだわ」
少し涙が滲んでいる。
やはり親父の事自体は忘れられないのか。
「あの、息子の俺が言うのも何なんですが、やっぱり親父と結ばれたかったと思ってますか?」
出会いの場面の様子だと初恋だったのだろう。
いくら美佐都さんのお父さんを愛してたと言っても、初恋の相手は忘れられるものではないのだろうか?
「え? あぁ、え、えっと~。いや、そ、それはその、今更そんな事を言うのはあの人に悪いし、そ、それに一度は結ばれたもの~」
んん? 今なんか不穏な言葉が聞こえたような?
結ばれなかったのに結ばれた?
しかも一度? どう言う事だろうか?
「え? 今なんて?」
何か凄いテレッテレな顔して真っ赤になっている。
あっ、これって聞いたらダメなやつじゃあ?
「え? 聞きたいの? 仕方無いなぁ~」
「いえ学園長。言わなくて結構です」
「文化祭の最終日前夜の事なの」
「学園長、本当に喋らなくていいですから」
「最後に残っていた後夜祭の準備も終ってね。生徒会室に戻ると」
「いや本当にもういいですから」
「他の生徒会の人は既に帰ってしまっていて、生徒会室に二人っきりになったの」
「本当に勘弁してください」
「そしてね、どちらからともなく二人は寄り添い、キスをして」
「いやマジで止めてって!!」
「そして二人は一つに……キャッ」
「イヤーーーーーーーー!!!聞きたくなーーーーい!!!」
キャッじゃねーし!
親のそう言う情事なんて聞きたくねーよ!
「……あれ?」
「どうしたの牧野くん?」
「ちょっと待って下さい?」
さっき学園長は何か重要な事言ったよね。
文化祭最終日前夜?
後夜祭の準備?
あれれ? 乙女先輩が文化祭の準備までの猶予って言ってなかったっけ?
「あの? 今の話なんですが……」
「もっと詳しく聞きたいの? もう牧野くんったらオマセね」
「違います!!」
本当にこの人は捉え所無いな。
この熟練度、17年とか言ってたけど本当は生まれつきじゃないのか?
「え~とまず学園長って文化祭の準備が終るまでと言う約束で学園に居たんですよね?」
「ええそうね」
「そしてその準備が終ったのが、最終日前夜だったと」
「そうなのよ。後夜祭の準備が最後の仕事だったわ」
「親父とその、あのゴニョゴニョしたのが、その日の夜って言ってましたよね?」
「ええ、そうよ……ポッ」
「ポッじゃねーし、いや、コホン。で次の日はもう学校から去ったと」
「ええ、あの日の朝の事を思い出すと今でも胸が締め付けられるわ。もうこの世が終ったと思った」
「いや、その辺は置いておいてですね。どうやって去りました? 何か一言親父に言いましたか?」
「何も言えなかったわ……。私はさよならも言えずに学園と牧野会長の下から去ったの……」
「はぁ~……」
「あら? 牧野くん深いため息なんて付いてどうしたの?」
「あの~、今の生徒会旗の話は聞いてます? その後夜祭で親父が燃やして作り直したってやつ」
「ええ、教師になって戻ってきた時に聞いたわ。フフッ、牧野会長ってたまにおっちょこちょいなのが可愛い所よね」
……やっぱり。
「……あの~学園長、一ついいですか?」
「何かしら牧野くん?」
「男の人ってですね、凄くデリケートなんですよ」
「はぁ、そうなの?」
「あのですね? 男の人にとってですね、初めてそういう事をした人が、次の日突然自分の前から居なくなるってどう言う事か分かります?」
「う~ん分からないわ。 どう言う事?」
「そんなのアレが下手だった所為で、彼女に愛想尽かされて逃げられたと思うに決まってるでしょーが!!」
「え~! そ、そんな事は無かったわよ? 私も初めてだったけど、凄く気持ち良―」
「ストーップ!! それ以上はマジで聞きたくありません!!」
アラフォーの初体験話聞くなんてどんな罰ゲームだよ!
「そんな情報は要りませんよ! 少なくとも親父はそう思ったでしょう。恐らく最終日はもう精神的ショックでダウン寸前だったと思いますよ」
「そ、そう言うものなの? 知らなかったわ」
「そう言うものですよ! 要するにですね、親父が古い生徒会旗を誤ってキャンプファイヤに突っ込んだのは、学園長が次の日突然居なくなった事が原因で間違いないですよ」
逃げられたと思ってショックな所に追い討ちで生徒会旗を燃やすなんて親父可哀想過ぎる……。
「そんな……、あれが原因だったなんて……」
さすがに学園長もその真実にはショックだった様子だ。
あれ? でも何か顔が悔やんでる顔じゃないな?
「……と言う事は、あの旗って私と牧野会長の子供と言う事じゃない!! なんか凄く愛おしく感じてきた。この部屋に飾ろうかしら?」
「あんたすっごいポジティブだな!!!」
本当にこの人は……。
あの旗が兄貴ってマジで洒落になってませんよ。
両手を頬に当て満面笑みで体をフニャフニャさせてるアラファー女子。
その姿はまるで女子高生が恋バナで照れていると言う風体だ。
いや本当に今彼女の心は高校時代に戻っているのかもしれない。
……と言う事はだ、俺と美佐都さんの出会いの切っ掛けになった生徒会旗。
それが親父と学園長が引き裂かれた結果生まれたものと言う事。
俺達四人の別れと出会いの象徴……五つ目の偶然。
ハハッ本当に運命って有るのかもな。




