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薬師と従魔  作者: 春夏しゅん
本編
6/47

6.賢いワンちゃん

 シュリアはそわそわしながら馬車に揺られていた。

 今日は2日振りにマーケットに行く日だ。一昨日と同様、レンタルスペースに行って判子屋に寄ってからケイトに会いに行く予定だ。


(1つくらいは売れてるかな…いやでもまだ2日しか経ってないし、売れてなくても仕方ないよね。でも、売れてたら嬉しいな…)


 自分で逃げ道を作りながら、外の景色に目を向けても何も頭に入ってこない。期待と不安が入り交じり落ち着かない。わざとらしく深呼吸しても、少しも緊張は解けない。少し早足になりながら、レンタルスペースへ向かった。



「おはようございます。ホーリーさん」

「ああ、おはよう、ウォルナッツさん。心配で見に来たのかい?」


 挨拶をして台を見る。シュリアは目を瞠った。


 それは、2日前となんら変わりはなかった。

 一瞬にして期待が吹き飛ばされ、喉の奥に鉛が落ちた。


「はい…でも、売れてないみたいですね」


 何でもない風を装って笑顔を作る。

 言葉にすると余計に心がずしんと重くなった。恥ずかしい様な悲しい様な、ここから走って逃げたくなる気持ちになった。


「焦らなくても大丈夫だよ。先は長い。そんな日だってあるさ!」

「はい、ありがとうございます」


 ホーリーの明るい声が、ちくちく棘のように心に刺さる気がする。じっと自分のスペースを見つめると、足が動かなかった。


「お節介かもしれないが…例えばどうだろう。ポップを作ってみるとか」

「ポップですか」

「卒業したてのピチピチの女の子が作ってます!って書いたら、おじさん冒険者は買うかもしれないよ!」

「あはは。いいかもしれません」


 ホーリーの気遣いが嬉しくて、シュリアの気持ちは少しだけ浮き上がった。落ち込むなら、その分何か考えるべきだ、と自分を叱責できるくらいには。


「飾りつけたり、サンプルを置いたり…」

「そうそう、その調子!」

「ありがとうございます。何か工夫してみようと思います」


 嬉しそうにホーリーは何度も頷いた。

 それからポップやディスプレイの上手なお店や、装飾を扱っているお店を教えてもらった。それらをメモし、もう一度ホーリーにお礼を言って別れた。

 教えてもらったお店は、なるほど素敵なものばかりだった。冷やかすように偵察しては、離れたところでメモする。


 全てを回ったところでお昼を過ぎていることに気付き、慌ててケイトのいる劇団に急ぐ。判子屋は後回しだ。



「ごめん! 遅くなっちゃった!」

「大丈夫よ。また何かに夢中になってたんでしょ」

「うん、まあね」

「今日は行きたいお店があるんだけど、そこでもいい? 冒険者マーケットの方だから戻っちゃうけど」

「もちろん!」


 大通りを通って冒険者マーケットの方へと向かう。平日ではあるが、今日は少し混んでいた。


(…えっ?)


 シュリアは立ち止まって振り返った。少し離れた人混みを見つめる。群青色の瞳が見えた気がしたのだ。

 しかしシュリアは探すのをすぐに止めた。決して多くはないが、特別珍しい色という訳でもないからだ。


(それに、あれは魔犬だし。)


「シュリア? どうしたの?」

「ごめん、何でもないよ」


 ケイトが案内してくれたお店はオープンテラスのある可愛らしいカフェのようなお店だった。何度か通ったはずなのに全く気が付かなかった。せっかくなので外の席で食べることにする。

 ここの売りはパスタだと聞いて、シュリアは迷わずミックスハーブのジェノベーゼパスタにして、ケイトに笑われた。


「肩凝りの薬ありがとね。早速使ったよ!」

「どうだった?」

「あたしは前もらった湿布タイプの方が好きかな」

「味が原因?」

「ううん、多分気分の問題。凝りに直接!っていうのが効いてる気分になるのかな」

「なるほど。言われてみればそうかも」


 料理が来る前にメモを取る。

 シュリアは記憶力に自信がないためすぐにメモするのだが、昔同級生に「真面目だよね」と少し馬鹿にしたように言われたことがあった。ケイトには一度もないし、どちらかといえば同じタイプなのでその点安心だ。


「今日はレンタルスペースには寄ってきたの?」

「うん」

「どうだった? 売れてた?」


 運ばれてきたパスタはとても美味しかった。ケイトと少し交換したが、どちらも絶品だった。

 だから余計に今聞いてほしくなかったなと、シュリアは心の中で苦笑した。


「まーったく。1つも」

「そっかー。まだ2日だもんね。そういえばサンプル配ったよ! 皆喜んでたよ」

「ありがとう! 助かる。やっぱり台にもサンプルを置こうかな」


 ケイトに今日ホーリーにアドバイスされたことを話した。すると「センスが問われる装飾よりサンプルの方が絶対いい」と即答された。

 シュリアのセンスに信用はないらしい。


「今は次の公演準備だから無理だけど、手が空いたら手伝ってあげる」

「ありがとう! かなり助かる!」

「肩凝りの湿布5枚分でいいわよ」

「ふふ、クッキーもつけるよ!」




 ケイトと別れ、判子を受け取ってサンプル用の小瓶を買い込む。

 することが決まると人は前向きになれる。シュリアは少しだけわくわくしながら家路についた。


 荷物を置いたとたん、門の鐘の音がした。誰か来たらしい。


「ウォルナッツさーん! お届けものでーす!」

「はーい! 今行きます!」


 急いで行くと、荷物運搬馬車キャラバンから荷物を降ろすおじさんが見えた。抱えるほど大きな袋包を持っている。


「これね! ユッタ・ウォルナッツさんから!」

「ええええ!?」


 シュリアは驚きの余り、大きな声を出してしまった。送り主が母だったことと、袋包は1つだけではなく、大小合わせて3つもあったからだ。配達員はさほど気にすることもなく、さっさと帰ってしまった。

 唖然としていると、後ろの方から大きな声がした。


「ワウ!!」

「え…っ!? あれ、君もしかしてあの時の魔犬!?」


 濃紺色の毛並みに群青色の瞳。あの魔犬だ。

 魔犬が一瞬顔を引つらせたように見えた。


「オリーブも! 君達友達だったの?」

「カァ」


 オリーブの返答は是か否か分からない。それとも質問自体に興味がないのか、オリーブはシュリアの肩に止まって体を擦り寄せてくる。左肩だけが異様に重く、顔半分が埋もれて見にくい。


「ああ、もしかして大きな声出したから驚かせたのかな。ごめんごめん」

「ワウ」

「お母さんから荷物が沢山届いてびっくりしただけ。ちょっとオリーブ、邪魔」

「カァ」


 退く気配のないオリーブはさておき、この大きな袋包を運び入れなければならない。1つずつ重さを確認したが、小さい袋包が恐ろしい程に重かった。


「オリーブ、あとでこれ運ぶの手伝ってくれる? お肉あげるから」

「カァ!」


 これは分かる。「絶対だぞ!」だ。

 シュリアは笑いながら大きな袋包を2つ手に持った。大きさの割にはそれほど重くない。

 すると魔犬が小さい袋包の口を甘噛みし、そのまま持ち上げた。シュリアは口をあんぐりさせて呟いた。


「なんて凄いワンちゃん…!」


 魔犬は袋包こそ落とさなかったものの、がっくりと肩を下げたのだった。



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