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薬師と従魔  作者: 春夏しゅん
本編
41/47

41.初めての会話

 やっと3分間魔リスに変身出来るようになった頃、シュリアは初めてイチゴと話すことが出来た。それまでも何度か会話を試みたが、その度に変身が解けてしまっていた。

 聞きたいことはいくつもあったが、浮かんだのはひとつ。イチゴを見て、念じるように魔力を飛ばした。


『いっちゃん、体調はどう?』


 そう聞くだけで、全身の魔力が揺れる。シュリアはなんとか持ち堪え、じっと返事を待った。


『シュリア、ありがとう。また助けてくれて。もう大丈夫よ』

『!!』


 伝わったことの喜び。頭の中に直接声が届く驚き。ぐらりと魔力が波打つ感覚に、シュリアは慌てて平常心を取り戻そうとした。

 もうひとつ聞けるだろうか。意気込んで聞こうとして、変身は解けてしまった。


「大丈夫か?」

「……一言だけ、いっちゃんと会話出来た」


 地面に座ったまま呆けて呟くシュリアに、ジルベルトは目を細めて「おめでとう」と頭を撫でた。


 すごい。本当にすごい。イチゴと会話出来るだなんて。

 いつか皆で一緒に話がしたいと思っていた夢に、ほんの少しだけ近付いている。シュリアは口を開けたまま頬を緩めた。


「どうだった?」

「思ってたより、いっちゃんの声がお年寄……痛い痛いごめん!」


 イチゴはぼすぼすと横腹に体当たりしてくる。本当に元気になったようで何よりだ。

 もう一度変身する。今度はオリーブに向けて魔力を飛ばした。


『オリーブ、聞こえる?』

『ア……ア……』


 失敗したのかと思い再度魔力を飛ばそうとしたが、それはオリーブに阻止された。物理的に。

 魔リスになったシュリアに、オリーブはぐりぐりと身体を擦り付けてくる。人間の時だと顔だけなのに、魔リスだと全身が埋まってしまいそうだ。


『オリーブ、嬉しすぎて言葉にならないみたい』


 イチゴの声が頭の中に届く。シュリアは目を細めると、もう一度オリーブに魔力を飛ばした。


『オリーブ、いつもありがとう』

『ウゥ、シュ、シュリア……』


 初めて聞いたオリーブの声は、シュリアが想像していた通りの少年のような声だった。

 いつまでもすりすりと身体を押し付ける魔烏。いつものように頭をよしよし出来ないのは残念だな、なんて考えていると、急に身体が持ち上げられた。


「もういいだろう」


 目が笑っていないジルベルトの膝の上に置かれる。これは今変身が解けたら恥ずかしいことになる。シュリアは必死で魔力のコントロールに集中した。


『ふふ、シュリアの恋人はヤキモチ焼きね』


 あ、マズい。

 シュリアは咄嗟に膝の上から飛び降りた。着地と同時に元に戻る。ギリギリ間に合った……


「残念。そのままでも良かったのに」


 キッと恨めしい目で見ても、爽やかに微笑まれるだけだった。

 イチゴがこちらに走り寄ると、シュリアの服を、次いでジルベルトの服を引っ張った。何か言いたいことがあるのだろうと揃って魔獣に変身する。


『今更だけど、シュリアは従魔になりたかったのよね?』

『エッ!?』


 驚いたオリーブがシュリアを見つめる。シュリアはしっかりと頷いた。


『良かった。部屋に本がいくつも置いてあったから、そうじゃないかとは思ってたけど、心配だったの』

『オレ、知らナイ。言っタラ、オレ、取ってキタ……』

『だから言わなかったのよ、きっと』


 しょんぼりするオリーブに、イチゴがフォローし、シュリアも頷いた。変身を解いたら今日はいっぱい甘えさせてあげよう。そう心に決めながら。


『2人に、あの日のことを話したいの』



 あの日。イチゴが怪我をした日。


 朝から嬉しそうなシュリアを見て、きっと今日はあの()()と帰ってくるのだろうと察知したイチゴは、邪魔する前に棲家へ帰ろうと考えていた。


 いつものようにオリーブと遊んだり話したり――主にオリーブがあの魔狼(あいつ)にシュリアを取られたという愚痴だったが――昼寝から起きた頃にはもう日が暮れており、オリーブもいない。エサでも取りに行ったのだろう、とイチゴは欠伸をしながら帰り始めた。


 湖の手前で人間の気配がした。イチゴは見つからないよう慎重に草に隠れながら走っていたが、耳に飛び込んできた単語に足を止めた。



「シュリア!!」



 あの魔犬とは違う、聞いたこともない男の声。それでもイチゴは声のした方へと急いだ。


 フードを目深に被り、顔の見えない男がしゃがみ込んでいる。その足元には誰かが横たわっているのが見えた。こちらも顔は見えないが、フードは被っていない。あの髪色は、シュリアと同じ胡桃色――そう思った時にはもう頭が真っ白になっていた。


 もう少しで顔が見えるというところで、背中が燃えるような熱と痛みに襲われる。土の味が口いっぱいに広がって、ようやく切り倒されたのだと分かった。


「おい、死なない程度にしておけよ。大事な交渉道具だ」


 横たわっていたはずの人間が立ち上がる。見たこともない細身の男が、かつらを取りながら冷たく言った。


 良かった。シュリアじゃなかった。


 反撃しようと起き上がったが、すぐにまた切り飛ばされる。戦い慣れているようで一手が重い。恐らく騎士か冒険者のどちらかだろう。


「カア!!!」

「グルルルル……!!」

「お、おい! 魔烏と魔熊だ!!」

「逃げるぞ!!」

『助けヲ……! シュリア、呼ぶ!! 待ってロ!!』


 シュリアたちの気配がしたと同時に、魔熊が森の奥へと消えていった。




『魔熊……まさかと思うが、緑色の毛並みに茶色い瞳だったか?』

『ええ』

『お前、最初ココ来た時、後デ、来たヤツ。ヨク来る』

『そうか……』


 ジルベルトが眉を顰める。

 シュリアは一言も声を発せられなかった。変身を保っているだけで精一杯。それどころか、正直なところそろそろ危ない。


『それでね、シュリア。あなたに魔力を渡したから、私のはもうそう多くない。実は歳も歳だから、できればここで飼って欲しい。減ったとはいえ番犬替わりくらいにはなるわ』

『イチゴ、30超えテル。おばあちゃん』


 シュリアは驚きと共に変身が解けた。魔獣は普通の動物より2〜3倍寿命が長いというが、確かに魔リスで30歳を超えているのは年配の域だろう。だからあんなに言葉も流暢なのだろうか。

 キッとオリーブを睨み付けるイチゴに、シュリアは人間の姿のまま、飼うことを了承した。



『だからね』



 イチゴはジルベルトに向き直る。シュリアがもう一度変身すべきか迷っている間に、素早く言った。



『結婚するまで、()()()()不埒なことはさせないから』



 ジルベルトの変身は解けたのか、解いたのか。



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