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薬師と従魔  作者: 春夏しゅん
本編
35/47

35.花祭り

誤字脱字報告、ブクマ、感想、どれもこれも本当に嬉しいです。とても励みになっています。

更新ペースが遅れることもあるかもしれませんが、とにかく完結まで頑張りたいと思います!

 4月10日の花祭りが近付くにつれ、街には賑わいが増していく。


 冬が少し長いイグアス国で、人々はこのお祭りをとても楽しみにしている。

 寒い冬を領地で過ごしていた貴族達は、花祭り前には王都に戻ってくるのが暗黙の了解らしい。それが終われば社交シーズンが始まるのだそうだ。

 イグアス国の春の花といえばスイセンだ。トランスイセンという鮮やかな黄色い花を見ると、イグアス人は春が来たと感じる。


 今日の花祭りに合わせて植えられたトランスイセンが、マーケット周辺に所狭しと飾られている。シュリアとジルベルトはその中を手を繋いで歩いていた。

 女神祭と同じ様にマーケット全体は休みになり、メインストリートには露店が立ち並んでいる。夜勤務のジルベルトといられるのは夕方までだ。朝から少し緊張したような面持ちのジルベルトは、いつもより少し口数が少ない。

 何か気に障ることをしてしまったのかとシュリアが心配になって来た頃、人混みを抜けたところでジルベルトの足が止まった。


「もし、シュリアが嫌じゃなかったらなんだが……その、兄2人に会ってほしいんだ。兄たちが、シュリアに話したいことがあるらしい」


 シュリアは顔が引きつるのを感じた。貴族から話したいことがあるだなんて、良いイメージが浮かばないからだ。

 でも今回は別だ。ジルベルトが両親に挨拶してくれたように、シュリアも挨拶がしたかった。それが万が一良い話ではなかったとしても。

 強張った表情のシュリアを見て、ジルベルトは慌てて口を開いた。


「あ、いや、無理にとは言わない。話なら俺だけでも」

「ううん、行きたい」

「無理してないか?」

「してないよ。私もご挨拶したい」


 ジルベルトが優しく微笑む。けれどその表情はまだ少し晴れない。無理をしていると思われたのだろうかと、今度はシュリアが少し慌てた。


「本当に行きたいと思ってるよ。出来たら、あのご令嬢対策とか教えて欲しいし」

「それが目的だったりして?」


 ジルベルトがふざけるように言って、ようやく笑った。シュリアもほっとして一緒に笑う。

 露店で何種類か食べ物を買うと、2人は休憩所で早めのランチにした。話題はもちろん今日の花祭りだ。


「騎士団の人でも応募するんだ。あのカップリングパーティ」

「ああ。騎士団は出会いが少ないからな」

「そうなんだ。イメージでは凄くモテそうだけど。その、ナンパしてるのもよく見るし…」

「まあ中にはそういう奴もいるけど一部だよ。今日参加する奴らは、冷やかせないくらい本気だから…」


 カップリングパーティは、この花祭りで一番盛り上がる恋人探しのイベントだ。本当のメインイベントはスイセンの品評会なのだが、こちらの方が断然人が集まる。

 参加希望者は期限までに応募動機や自己アピールを書いた申込書を提出し、抽選によって参加合否が決められる。数年前から午前と午後の部に分けられたが、それでも抽選になるほどの大盛況振りだ。カップルが成立すると特殊な薬品で虹色に輝くスイセンが贈られる。その虹色のスイセンを見せると割引してくれる露店まであるらしい。


 ともあれ、2人には関係のないイベントだ。シュリアはジルベルトの胸元に光るグリーントルマリンを見て、これからどこに行こうかと目を細めた。


「ここで見に行きたいところはあるか? なければ南側の森に行かないか?」

「うん、いいよ。何かあるの?」

「ブルーベルンが少しだけだが咲いてるらしい。スイセンより好きだと言ってただろう?」


 シュリアは破顔して頷いた。何気ない会話を覚えていてくれたことが純粋に嬉しい。

 ブルーベルンは細長い釣り鐘形の小さな青い花で、穂のように枝垂れるように咲く。ひとつひとつは小さな花だが、一斉に咲くとまるで青い絨毯のように幻想的な景色になる。また止血剤の材料としてかなり優秀な花でもあり、シュリアも家の庭に植えているが、そちらはまだ蕾の状態だ。

 見た目だけでなくて、素材としても好きだとはなんとなく言いにくくなったシュリアだった。



 南へ向かう馬車に揺られながら、ジルベルトはふと口を開いた。


「そういえば、どうしてシュリアは…いや、ご両親もだったな。貴族が苦手なんだ?」

「それは……気を悪くしたらごめんね」


 シュリアは先に断ってから、きっかけとなった昔話をした。




 シュリアの祖父、パルドンも薬師だった。冒険者用マーケットの近くで薬屋を営んでいた。その当時は、まだ幼いシュリアの為に父も母も家にいる時間は長かったが、シュリアはよく祖父にくっついて店で手伝いをしていた。祖父の薬は評判がよく、噂を聞きつけた貴族が買いに来ることもあった。客が途切れるといつも、シュリアに薬について教えてくれたり、実際に作るところを披露してくれた優しい祖父。シュリアは祖父が大好きだった。


 そんなある日、1人の貴族が訪ねてきた。とても太った、見るからに不健康そうな壮年の男性。大きな宝石のついた指輪と、首元には金色のネックレスが歩く度にじゃらじゃらと音がしていたことを覚えている。


「あんたがパルドン・ウォルナッツか」

「ええ、そうです。どんな薬をお探しですか?」

「この薬を作れ。金はいくらでも出す」

「これは……無理ですね」

「おい! 貴族の俺が平民のお前に頼んでるんだぞ!?」

「無理なものは無理です」


 急に緊張の走った2人の会話に、シュリアは思わず身を隠した。暫くの間、怒鳴りつける客と淡々と拒否する祖父のやり取りが続いたが、駆けつけた衛兵により漸く止んだ。来てくれたのは迷惑な客が来たらすぐに摘み出してくれる顔見知りの衛兵だったが、その日は違った。相手が貴族だと分かると途端に弱腰になり、それが幼いシュリアには衝撃だった。


 結局意思を曲げなかった祖父に、その貴族は最後まで罵倒しながら帰っていった。シュリアの中で、貴族は祖父を困らせた嫌な奴という認識になった。


 その後のことは高等学校に入るまで教えてもらえなかった。ただ、あの日から1ヶ月近くは頼み込んでも泣き喚いても祖父の薬屋に連れて行ってもらえなかったことはよく覚えていた。

 あの時あの貴族が依頼した薬は禁術を使った劇薬で、使用すればたちまち廃人になるような恐ろしい薬だったそうだ。誰かに不味い秘密を握られ、訴えられることを恐れての計画だったらしい。あまりにも杜撰な計画に、最終的にはその貴族が避けたかった裁判にかけられたと言っていた。


 1番分からないのは、その貴族は祖父をも恨んでいたということだ。シュリアが連れて行ってもらえなかった1ヶ月間何度も罵倒しに来て、その度に駆け付ける衛兵の多くがのらりくらりしていたという。呼び出しの手紙が何通も届き、最初の内は一家揃って恐れ戦いたらしい。


 シュリアが16歳になったのを見届けてから、祖父母は祖母の故郷へと引っ越していった。その引っ越し前に言った祖父の言葉が、シュリアの心にずっと残っている。


「貴族と関わる時は注意しなさい」



 ジルベルトは口を一文字に結び、眉間に皺を寄せていた。シュリアは、彼が気を悪くしたのではないかと心配になった。


「もちろん貴族皆が皆そうだとは思ってないよ。ただ、最初に知った貴族が強烈で……庶民が貴族に関わることってほとんどないでしょ? 学校も違うし……だから苦手意識のままで」


 慌てたシュリアを見て、ジルベルトがふっと顔の力を抜いて優しく微笑んだ。


「ごめん、シュリアに険しい顔をしたわけじゃないんだ。一部にそういった恥ずかしい貴族がいるのは事実だし、おじいさんの言葉も分かるよ」

「それでも……なんか、ごめん」

「いや。俺も貴族は苦手だから……本当に、三男で良かったよ」


 本当にそうならどうしてそんな悲しそうに笑うのだろう。

 憂いを帯びた群青色の瞳を見ながら、シュリアはこっそりそう思ったのだった。



トランスイセン→ラッパスイセン、ブルーベルン→ブルーベル をイメージしていただければありがたいです。

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