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薬師と従魔  作者: 春夏しゅん
本編
13/47

13.ソロスペース

 レンタルスペース最終日。

 シュリアは開店時間より少し早くホーリーのところに挨拶に行った。在庫の引き上げをする予定だったが完売したらしい。売上をホーリーから受け取る時に、彼は何か言いたそうではあったが結局何も言われず、シュリアは今までのお礼を再度述べて笑顔で別れる様に努めた。



 マーケットの決まり上、複数台を契約することはできず、ソロスペース契約は月の初日か16日からなので、1人で台を借りられるのは約2週間後になった。辞めると決めてから、シュリアは改めて個人開業についての本を図書館で借りて読み漁った。

 帳簿付けについて苦戦していると、意外にもジルベルトが教えてくれた。領主の父や兄の手伝いをするためにと教え込まれていたらしい。そのお礼としてごはんかおやつ、時には両方を提供した。休憩時間には、シュリアが魔獣の時に飲んだ薬の感想について質問攻めするのがお約束となっていた。


 4日に1日休みには来てくれるからか、それもあらかた聞き終わり、今日の昼食の話題は違うものだった。ちなみに今日の、正しくは今日の昼もステーキサンドだ。シュリアはあの日から肉の焼き方研究に没頭し、朝食には向かないので専らランチにしていた。ジルベルトはステーキサンドがシュリアの好物なのかと勘違いしていることを、彼女は知らない。


「封蠟?」

「そう。前にジルさんに手紙貰った時に立派な封蠟だったのがずっと気になってて」

「シュリアにドン引きされたあの封蠟か」

「いやだって庶民からしたら貴族は雲の上の存在だもの。とにかく、蜜蠟で封をして売ったら、それが店のマークになるんじゃないかなと思うんだよね」

「なるほど。開封済みかも分かるな」


 肯定的な返事を聞いて、シュリアは安堵しながら1枚の紙を取り出した。そこには盾に沿ってぐるりと連なった花の中に『S』のマークが書かれている。


「これは店の紋章? シュリアのSかな…花で囲ってあるのか」

「そう。この花は私と同じ名前の花。男性から見て、この紋章買いにくいとかある?」

「いや、言いにくいが男はいちいち見ないから大丈夫だよ」

「良かった! まあ、封蠟だと小さくて見えないとは思うけど」


 シュリアリースの花は、白い5弁の花がリースの様に連なって咲く花で、万能薬に使われる貴重な花だ。

 思い付いた時に、デザインについては即ケイトに手紙を出していた。シュリアより絵心のある彼女に訂正と清書をしてもらい、既に発注済みで明日受け取りだ。もしジルベルトが微妙な反応だったら、一部の商品にのみ使おうと思っていたが、この感じだと全てに使って良さそうだ。


 真面目で根気強いジルベルトに助けられ、シュリアは基本的な開業後のお金の流れは理解することができた。それすらきちんと分かっていなかったシュリアに呆れることなく、それどころかレンタルスペースで悪かったところ――人任せにしたことや在庫管理の仕方など――を諭す様に指摘し、アドバイスしてくれたことにとても感謝していた。

 兄がいたらこんな感じだろうかと考えたことは何度もあった。こんな男前な兄はうちの家系では生まれないか、までがセットであったが。


 じっと顔を見つめる。

 少しつり目の群青色の瞳は少し強面に見えなくもないが、笑うと大型犬のように愛嬌があると知っている。普通の人よりも大きく鍛え抜かれた身体と、少し焼けた肌。癖のないしっかりした濃紺色の髪の毛が短過ぎず長過ぎず、無造作なのによく似合っている。青年と少年の間の様な、色気と無邪気さが相まっているのが不思議だ。最近は完全オフの時に来るからかラフなシャツとセーターにズボンという格好が多いが、体格が良いのでそれすらお洒落に見える。

 自分より3歳年上の21歳だと聞いた時は驚いた様な納得した様な複雑な気持ちになった。それなのにタメ口のままでとお願いされ、結局変えずにいた。


「俺の顔に何か付いてるか?」

「うーん、綺麗な目が付いてる」

「褒めても何も出ないぞ」

「本当だよ。魔獣の時から思ってたけど……はいはーい、オリーブ今行くから!」


 少し照れた様なジルを余所に、シュリアは窓をガンガン叩くオリーブの元へ急いだ。時間的におやつを催促しているのだ。おやつタイムだけは天気がよければ一緒に庭で食べるのが定番だ。シュリアは買い置きのクッキーをオリーブに差し出した。


「カア!」

「もうお代わり? オリーブ、クッキー好きだよね」

「前から思っていたんだが、シュリアはオリーブの言ってることが分かるのか?」

「全然。雰囲気と勘」

「カア!」

「これも『そう!』なのか『おい!』なのか分からない」


 ジルベルトは楽しそうに笑った。それを言うなら魔獣のジルの方がよくオリーブと会話していたように思う。そう言うと、魔獣同士なら意思疎通ができると言うから驚いた。


「なんて羨ましい」

「それを羨ましがられたのは初めてだよ。従魔だって知って怖がらなかった女性も」

「ふぅん、そうなんだ。やっぱり従魔になるのは難しい?」

「あの訓練は二度と受けたくないと思うくらいには…」


 ジルベルトが思いっ切り遠い目をしたので、シュリアはそれ以上詳しく聞くことは止めた。オリーブたちと直接話せるなら習得したいと思ったが、騎士のジルベルトさえそんな様子なら、自分は到底難しそうだ。


「あと3日だな」

「うん。ジルさん、本当にありがとう」


 シュリアの笑顔を直視できなくなったジルベルトは、誤魔化す様に彼女の頭に手を置き、「頑張れ」とだけ呟いた。




 迎えたソロスペース初日。

 シュリアは開店1時間前から準備を始めていた。前回の5種類に加え、複数回用や胃腸薬なども並べて行く。封蠟は種類によって変えたので、色とりどりの蜜蠟が台を彩っていた。サンプルを前に置くことを止め、台に興味を持ってくれた人にその場で試飲してもらうことにした。ジュースの様に小さい紙コップに注いで渡すのでサンプルの瓶も不要で経済的だ。

 あらかた準備を終えたところで、聞き慣れた声がシュリアを呼んだ。


「ソロデビューおめでとう、シュリア」

「え? ジルさん?」


 疑問系なのは致し方ないだろう。なぜなら彼は両手いっぱいを超えて顔が隠れる程に袋を抱えて現れたからだ。袋の口から白い花が覗いている。あの花は――…


「シュリアリース…の、造花?」

「ああ。造花で台を飾ると良いんじゃないかと思って…それに本物の花は見つけられなかった」

「わあ、ありがとう! そんな装飾考えもしなかった! それに本物だったら迷わず素材にしてたから、こっちの方が嬉しい!」

「良かった。(迷わず素材にするのか。)」


 高いところはジルベルトに手伝ってもらいながら、屋台の屋根と台をぐるりと造花で囲った。派手に装飾している屋台も多いので、これくらいでは悪目立ちすることはなかった。


「はい、コーヒー。砂糖少しとミルクたっぷり。」

「ありがとう。寒かったから助かる。あぁ、あったかくて美味しい。」

「それから…」

「まだ何かあるの!?」


 手渡されたものはステーキサンドと書いてある紙袋だっだ。昼食用だと言う。回復薬でも飲んでおけばいいかと思っていたシュリアにはとてもありがたい差し入れだった。ただ貰い過ぎだとシュリアは思った。


「ジルさん、何から何までありがとう。でも嬉しいけど、なんか申し訳ない…」

「はは、俺がしたくてしてるんだから気にするな」

「いやでも…それなら今度、ジルさん好みの回復薬作るよ。そんなのでお礼になればだけど」

「助かるけど、味なんて変えられるのか?」

「劇的には無理だけど、少しなら変えられるよ」


 嬉しそうにそれが良いと言うジルベルトを見て安堵した。自分のできることでお返しができるのは嬉しい。仕事の前に来てくれたという彼を見送ると、もうすぐ開店時間だった。

 9時を告げる鐘が鳴る。

 シュリアは心地よい緊張感に包まれながら椅子に座った。



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