嘘
本日三話目。
明日も三話投稿して完結です!
司祭様の後ろに控えている兵士は、神官将。
高い戦闘力を持ち、教会の忠実なる僕である彼らは普段、教会本部に控えている。
なのにここにいるということは、司祭様は本当にユーゴの亡骸を断罪の谷へと落とすつもりなのだろう。
かあっと頭に血がのぼり、椅子に腰かける司祭様の隣に立って思いきり机を叩いた。
「司祭様、ユーゴとリディアを一体どうするつもりなのですか!?」
こんな態度をとったことがないからか、司祭様は驚いたように身体を震わせて視線を落とし、ため息を吐いてきた。
「ユーゴは、重い罪を犯しました。祈りの巫女をただの女として愛してしまい、独占しようとした。つまりは、神や貴女を愚弄し、世界の平和を乱そうとしたのです。許されることではありません」
「ですが、私は彼からそのような話を一度も聞いたことはありません! それは、神に誓います」
不安とも怯えともとれる顔で私を見上げてくる司祭様の側に、今度はアントニーがやって来て、口を開く。
「恐らく、娘を人質にとって貴女様を脅し、無理矢理海の向こうへ連れていくつもりだったのでしょう」
その言葉に司祭様は“きっとそうだ”と、どこか安心したようにうなずいた。
「海の向こうへ? そんなこと、信じられません……だってあの人は……」
大切な青い花を残して、行くはずがない。
わけもわからず呆然としていると、司祭様の隣にいたはずのアントニーが私の側までやってきていて。
にこりと柔らかな笑顔を向けてきた。
「レイラ様。貴女様の次の夫ですが、先程わたしに決まりました。とても光栄です。わたしは先生とは違って貴女様を大切にしますし、貴女様が使命を果たせるよう尽力もいたします」
アントニーがこちらに手を伸ばしてきたため、力を込めて振り払う。
「触らないでと先程言ったでしょう!? 私の夫は生涯ただ一人、ユーゴだけです!!」
その言葉に、ジェーンが怯える様子のリディアを抱き締めたまま立ち上がり、隣へとやってくる。
うつむく彼女は何も言わず、片手で私の背中をさすりはじめて。
その様子から、彼女はあの二人の言うことではなく、私の想いに賛同してくれているように見えた。
司祭様は、私を困ったように見つめてきて、ふ、と小さく息を吐いた。
「レイラ、貴女が心を痛める必要はないのです。心優しきアントニーが、貴女を娶りたいとすぐに立候補してくださいましたし、もう何も心配は要りません。悪の娘、リディアはこちらが処分しますので、すべて忘れて幸せになってください」
処分、という言葉に頭の中が真っ白になった。
この人たちは、こんなに幼いリディアも悪として断罪の谷へ落とすつもりなのだ。
「レイラ様、司祭様のおっしゃる通りです。ただ、裁きが下っただけなのですよ。昨晩、もう飲むのはやめておけと忠告したのに、自業自得なのですから」
飲む、という不可解な言葉に、ぴくりと身体が跳ねる。
「アントニー、飲むとはどういうことなの……?」
「昨晩、先生と会って飲んでいたんです。あの人は水を飲むように何度も酒をあおっていまして。それ以上飲むなと忠告したのにも関わらず、続けたんです。別れた後の帰り道、酔って転落するなど、神の裁きとしか思えないでしょう?」
「酒……? そんなはずない、だって……」
あの人は、酒はもう飲まないと言っていた。
体質的に合わないのに、そんな大量に飲むなんて、とてもじゃないが考えられない。
不審に思って、ゆったりと椅子に腰かけたアントニーに視線を送る。
首元に目が行ったとき、思いもよらぬものを発見し、身体がびくりと震えた。
彼の白いシャツから、わずかに金色と白い石が覗いていたのだ。
あれは恐らく、ユーゴが肌身離さず持っていた鍵。
「アントニー、その鍵はどうしたのですか……?」
震える声で尋ね、恐る恐る指をさす。
すると、彼は嬉しそうに微笑み、鍵を取り出してきた。
「ああ、これですか。あの人から頼まれていたんです。何かあれば、この鍵を頼むと。いつも一人隠れて研究していた、人類に必要なデータがそこにあるから、とね」
違う、嘘ばかり!
ぐらりと大きく頭の中が揺れ、腹の奥からぐつぐつと熱いものがわきあがってくるのを感じる。
もしや、この男がユーゴを……!
こぶしを強く握りしめて、キッチンを見つめる。
長包丁を取り出し、ここで一思いに刺し殺してやりたいが、リディアを人質にとられている。
それに何より、神官将がここにいる時点で、アントニーに物理的な復讐を果たすなど無理だ。
このままでは、アントニーの狙い通りにユーゴとリディアは断罪の谷に落とされ、私の死んだ後でさえ二度と二人にめぐり会えなくなってしまう。
そんなのは絶対に嫌だった。
いまの私にできることは、一つしかない。
夫の無実を証明し、ユーゴの魂とリディアを救い出すこと。
アントニーの罪を暴き、彼の研究を守ってみせなければ。
それがきっと、私がユーゴにできる最後のことなのだから。




