突然の知らせ
早いものでリディアと過ごす二度目の夏がやってきて、リディアももう一歳。
生まれたときとは比べ物にならないほど体つきもしっかりしてきたリディアは、まだよく転倒はするものの、歩くのも上手になってきていた。
「レイラ、ちょっと出掛けてくるよ」
リディアの寝顔を隣でじっと見つめていたユーゴは、ベッドから降りて呟くように言ってきた。
「こんな時間に、どうして?」
とうに日は落ちて、外は真っ暗な闇に包まれている。
深夜というほどでもないが、普段のユーゴなら絶対に外出などせず、研究室にこもっている時間のはずだ。
「青い花の研究についてのことなんだ。帰りは深夜か朝方になるかもしれないから、先に眠っていてくれ」
「わかったわ、気をつけてね」
見送ろうと彼を追いかけるとユーゴはにこりと微笑み、ぎゅっと抱き締めてきた。
「そういえば以前、他人のために死ぬなんて理解ができない、と言ったが、いまならその気持ちも理解できる気がするよ」
「ユーゴ? どうしたの、突然」
彼は私の肩に顔を埋めて、不思議なことを言ってくる。
らしくない言葉に疑問を感じて尋ねると、ユーゴは私から離れて嬉しそうに目を細めてきた。
「僕は、あの青い花を開かせるためなら、どんなことでもしようと、そう思えたから」
「もしかして、青い花が完成したの!?」
自然と身体が跳ねて、わっと声をあげた。
ここのところユーゴは他国から土を取り寄せたり、裏庭に大量にあった花の鉢を売ったりと普段はしないようなことをしていたから、もしやとは思っていたけれど。
まさか本当にここまで研究が進んでいたことに驚きを隠せない。
「ああ。まだ花開いてはないんだけどね。あと少しで咲くと思う」
自信たっぷりに大きく頷くその姿から、ユーゴは青い花研究の成功を確信しているように見えた。
「もうそんなところまで、すごい! ねぇ、どんなお花なの!? ひまわりのつぼみの形をしているの?」
興奮してユーゴに詰め寄ると、眠っているリディアのむにゃむにゃとした声が聞こえてきた。
二人して、眠るリディアを見てほっと息をつき、顔を見合わせ、声を潜める。
「用事を終えて帰ってきたら、青いひまわりを君にも見せてあげるよ。花が開くところを一緒に見られるといいのだけど」
嬉しそうに話すユーゴに、胸の奥がちくりと痛む。
ユーゴはいつもそうだ。
研究室にこもって、草や花のことばかり。
「ありがとう、明日が来るのが楽しみ。だけど、なんだか少し青い花に嫉妬してしまうわね。貴方はいつだって研究のことばかりだから」
「レイラ……」
「……変なことを言ってしまってごめんなさい。貴方の追い求めた夢が現実になったんだもの。青い花を一番に想う気持ちもわかるわ」
どこか悲しげな顔をするユーゴに慌てて弁解すると、彼は私の両手を取ってきて、真っ直ぐに見つめてきた。
「ごめん、レイラ。僕は……ああ、なんと言えばいいのかな」
「どうしたの?」
めずらしく煮えきらない様子のユーゴに首をかしげると、彼は困ったように微笑み、口を開いた。
「確かに、青い花は僕にとって最も大切なものだし、僕は毎度研究室にこもってばかり。だけど、レイラとリディアのことをちっとも想っていないわけじゃない。だから……」
ユーゴは「あと少しだけ、せめて花が咲くまでは待ってくれ」とまっすぐに私を見つめてくる。
彼が視線を合わせてくるときは、言葉に嘘や偽りもなく、やましい心もないときだ。
“想っていないわけじゃない”という言葉に安堵しつつも、青い花には敵わないという現実に、思わず小さなため息が漏れ出した。
「その言葉が聞けただけでも、嬉しいわ」
ユーゴはお気に入りの鞄を肩からかけて、闇夜の中へと消えていく。
庭を出る前に振り返ってきた彼の顔は、どこか晴れやかで嬉しそうで。
青い花の完成が待ちきれないといった様子に見えた。
――・――・――・――・――・――
まどろみのなか、ドンドンと扉を叩く音がする。
女性の声が聞こえ、少し騒がしい気もする。
ソファに横になってユーゴの帰りを待つつもりが、ぐっすりと眠ってしまったらしい。
「ねぇ、レイラ! いるの!? もしいるんなら、早く開けて!!」
これは……ジェーンの声?
リディアもベッドを降りてやってきて、私にだっこをせがんでくる。
小さなリディアを抱き上げて、急いで玄関のドアを開けた。
「ジェーン、どうしたの? こんな朝早くに」
パン屋を切り盛りする女将のジェーンが、こんなにも混乱しているのは未だかつて見たことがない。
しかも、日が昇ったばかりであたりはまだ薄暗く、訪ねてくるような時間でもないのに。
眉をひそめてジェーンを見ると、顔面は蒼白で、身体もがくがくと震えていた。
「レイラ、お願い。気をしっかりもって聞いて……」
ジェーンはいまにも泣き出しそうな顔をして、揺れる声で話してくる。
尋常ではないジェーンの様子にぎゅっとリディアを抱き締める。
リディアも私の想いを察したのか私の襟元を小さな手で握りしめてきた。
「何か……あったの……?」
そっと問いかけると、ジェーンは途端にしゃくりあげて強く目をつむり、嘆くように言葉を放つ。
「ユーゴが、事故で死んだ」と。
本日三話、更新予定です




